顔色をうかがいながら様子を見ていたが、話すうちにどんどん元気になっていくようだ。「また来るね」と保雄と握手をして外に出た彼女に、見送りについて出た私が先が長くないのだと伝えると、「とてもそんなふうに見えない。間違いじゃないのか」と言うほどだった。
会いに来てくれる人の多さが
夫の人柄を物語っていた
姪の夫は、メキシコ人だ。夫婦ふたりとも保雄のことが大好きで、入院中もなにくれとなく心配してくれた。
何年か前、メキシコで挙げた結婚式にも招待してもらった。都会から離れた小さな教会での式は厳かで美しく、その夜に行われた結婚パーティは、花婿の父がバンドを組んで歌いまくるという微笑ましいものだった。私たちも一晩中飲んで踊っていたのが、ついこのあいだのことのようなのに。
彼らがお見舞いに来てくれたとき、保雄は姪の夫のフェルナンドとふたりきりにしてほしいと言った。しばらく姪とベランダに出て様子をうかがっていると、結婚式の思い出やメキシコの音楽のことを片言の日本語と片言のスペイン語、それに英語を交えて話し込んでいた。
『見えない死神 原発不明がん、百六十日の記録』(東えりか、集英社)
「またセルベッサ(ビール)を飲もうね」と、ハグして別れた。
八ヶ岳に住む友人夫婦も、会いに来てくれた。ミュージシャンでもある友人は、保雄の音楽センスを好み、その時々に気になる音楽のことを話し、保雄が薦める曲をよく聴いてくれていた。遊びに行くと、保雄がセレクトしてプレゼントしたアルバムを一緒に山の中で聴いた。春夏秋冬、その季節に合う曲を選ぶのを保雄はとても楽しみにしていた。
見舞いには彼らとともに愛犬2匹も来てくれて、最後にはその犬たちとも「バイバイ」と握手ができた。
いま思うと、家にいたのはたったの18日間。本当にたくさんの人が来てくれた。病状が落ち着いたら会いに行く、と言う人も多かったし、連絡できなかった友人も少なくない。







