最高のトマトムースを食べて
思わず冗談がこぼれた
外見は普通の居酒屋だが、シェフがフレンチ出身の〈W〉では、春先にとっておきのフルーツトマトを使ってムースを作る。保雄はこれが大好きで、白ワインと一緒に楽しんだものだ。
頼んですぐはシェフの納得できるトマトがまだ出回っておらず、少し時間がかかったが、「できたよ」と連絡をもらってすぐにテイクアウトした。柔らかいとはいえ固形なので、口に入れる時に少し緊張したが、舌の上で転がすように味わっている。
「白の冷えたワインが飲みたいなあ」と言うので開けようかと訊くと、「さすがに飲めないよ」と笑って拒否されてしまった。酸味と甘みのバランスが絶妙な、格別な味わいだったようで、どうしても直接お礼が言いたいとベッドの上から電話をしていた。
かつて神戸に店を構えていた〈P〉は、亡くなった母のお気に入りでもある。この店のシェフと保雄はとても気が合っていた。誕生日や結婚記念日には必ずここで食事をした。ふたりで行った最後のディナーは保雄の66歳の誕生日祝いだった。“おめでとう”とチョコレートソースで描かれたデザートの皿を前に微笑む写真が、まさか遺影になるとは思わなかった。
ここのコンソメスープの風味は、保雄にとって最上の味だったようだ。シェフには重篤な症状であることを説明していたが、これほどだとは思ってもいなかったのだろう。スープはなかなかできてこなかった。
ついに極上の食材が手に入り
最後の晩餐に間に合った
徐々に具合が悪くなり、身体のあちこちの痛みもひどくなってきたので、そろそろ強い鎮痛薬を増量して意識レベルを落とさないとかわいそうだ、と医師の判断が下った日、シェフから「ようやく満足できる品ができた」と連絡がきた。
車で運んできてくれたスープは、出来立てでまだ温かい、黄金色をしたスープだった。シェフ自身にサーブしてもらい、スープスプーンひとさじの半分くらいを口に入れると、目を細め、「すごく美味しい。本当においしい」と何度も言って、「ありがとう」を繰り返す。私も御相伴にあずかると、確かに以前味わったことのある極上の香りと味だ。







