すべての進歩は
わからず屋のおかげ

 他方、常時接続が当たり前、組織は無駄を排し、グローバル化が進む今日の混沌とした環境下で、多くのことに関わり忙しくしていることを、謙虚を装いながら自慢する風潮もある。

「調子はどうですか?」と尋ねられる。

「忙しくてね」と答える。「でも、充実している」。

 忙しいことが成功を測る物差しではないことに、私たちは少しずつ気づきつつある。ジョージ・バーナード・ショーはそれをよくわかっていた。何十年も前に『Maxims for Revolutionists(革命主義者のための格言)』で、「物わかりのいい人は自分を世の中に適合させる。わからず屋は自分に世の中を適合させようとがんばる。だから、すべての進歩はわからず屋のおかげである」と記している。

『「週4時間」だけ働く。』の著者ティモシー・フェリスは、「忙しくすることは怠惰の一形式、怠惰な思考と見境のない行動である」と述べて、この論点を明確にした。

 人はしゃれたアドバイスをするものだ。「懸命にではなく、賢明に働け」だとか、「戦略的になれ」だとか。こういった格言は、真実だが役に立たない、TBU(True But Useless)フレーズである。

 聞こえはいいが、具体的に何をすべきかを教えてはくれない。実際、「戦略的」という語句は使われ過ぎである。何事かを、重要そうに、役立ちそうに、賢そうに、いっそうよさげに、見せたいときにつけ加える。

 たとえば、「これはただの会議ではありません。戦略的な会議です」「戦略的報告書」に「戦略的ランチデート」。そして「戦略的購入」……実際は、お高いジェフリー・ウェストの靴はとても手が出ないので、しばらく惚れ惚れと眺めていただけである。

 戦略などという概念に社員はみな無関心である。濫用気味の言葉であるうえに、戦略に関することはすべて「あの人たち」(自分たちより2、3段階は上の職位の人たち)の仕事と社員は思っている。残念ながら、容易に予測可能な結末になりそうだ。戦略は棚ざらしになってしまうだろう。