しかし、戦略とは、どこかでホコリをかぶっている分厚いパワーポイントの資料のことではない。もっと根本的で普遍的なものだ。数多い「戦略」の定義の中で私が一番気に入っているのは、マイケル・ポーター(訳注:1947―、アメリカの経営学者)の「戦略の本質は、何をやらないかを選択することだ」である。
ものごとを鮮明にする
「何をやめますか?」
この質問は簡単そうに見えて、なかなかに複雑であり、そこにこの質問の潜在力がある。第一にあなたは相手に、何をやるのかをはっきりさせ、それにコミットすることを求める。
私たちはよく考えもせずに、何かに合意することがよくある。何についての合意なのか、誤解している場合も多い(「そんなことをするなんて言ってないよ」と人が言うのを聞いたり、自分が口にしたりしたことはあるだろう?私もある)。
『1万人のマネジャーを指導したコーチングのプロが教える 質問力で人を動かす』(マイケル・バンゲイ・スタニエ著、吉村明子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
だから、「はっきりさせましょう。あなたはいったい何をするのですか?」という質問は、コミットメントを引き出す取っかかりになる。そして、「これに本気で取り組んでいることが何でわかりますか?」と尋ねれば、やるべきことが鮮明になり、焦点がしっかり定まるのである。
しかし「イエス(やること)」には、それに境界と形を与える「ノー(やめること)」が伴わなければならない。そこには、2つのタイプの「ノー」がある。不作為の「ノー」と関与の「ノー」だ。
最初のタイプの「ノー」は、「イエス」と言うことで自動的に排除されるほかの選択肢である。あるミーティングに「イエス(出席します)」と言えば、同じ時刻に開催されるほかの何かには「ノー(不参加)」と言うことになる。このタイプの「ノー」がわかれば、ある決断の結果として起きることについてよく考えるようになるだろう。
2つ目のタイプの「ノー」は、会話を一段深いレベルまで掘り下げる。「イエス(やること)」を実現するために言わなければならない「ノー」である。多くのことに関わりすぎて忙しい生活に、もう1つ「イエス(やること)」を押し込むことはよくある(ハリー・ポッターの魔術のような奇跡で何とかすべてやり遂げられることを願って)。2つ目のタイプの「ノー」はその「イエス(やること)」を本当にやり遂げるために必要な余地、フォーカス、エネルギー、そして資源をいかに創り出すのかに焦点をあてる。







