なぜなら、このマンションがほんとうに娘が所有しているものなのか証明できなかったからだ。遅々として事態は進まなかったが、郵便受けに娘宛ての郵便物が一通だけ届いており、それを証拠として所有者は呉の娘と断定され、警察は鍵業者を呼んでドアを開けた。部屋は冷房がつけっぱなしだった。

 娘は、血溜まりの中に倒れていた。血の臭いが充満していた。呉は警察官に室内に入ることを止められ、女性警察官に伴われて、マンション棟内の一角に用意された椅子に座らされた。捜査陣が集結してくる。呉はわなわなと身を震わせ、全身から力が抜けた。

「娘が殺されてから13年が経ちました。娘は上海で生まれ、9歳ごろに日本に来ました。娘は2010年にマカオに貿易会社をつくっていて、将来はマカオにカプセルホテルを普及させたいという夢を持っていました。奪われた現金は香港ドル、マカオで中古マンションを買って住むためのものでした」

 加害者は美樹から奪ったカネを借金の返済に充てたり、キャバクラで遊ぶなど贅沢に過ごしている最中、日本で逮捕された。

被害者遺族がどうしても
加害者に伝えたかったこと

 起訴状や判決書をテーブルの上に広げながら、私に事件を説明する呉の声は涙声に変わる。

 加害者の逮捕は事件翌年の2013年。さいたま地裁は2014年に無期懲役を加害者に言い渡したが、加害者は控訴、その後、東京高裁で棄却された。

「心情等伝達制度(刑務所や少年院を介して被害者や遺族の心情を伝えることができる制度)を犯罪被害者の自助グループで知りました。制度が始まった去年(2023年)の12月です。私は迷いなく、すぐに利用しようと思い、埼玉県警に申し込みの方法を教えてもらい、加害者がいる刑務所に出かけて私の思いを聞いてもらいました」

 流暢な日本語の語調が強くなる。そして涙ぐむ。

「いつも妄想していました……。犯人にまず聞きたい。おカネが欲しいなら、どうぞおカネを持っていってくださいと。でも、娘の命は残してほしかった。生きていればおカネは稼げます。でも、亡くなったらその夢すべてが、全部破壊されます。実際、破壊されました。尊い命は大事ですので、どんなにおカネがあっても、命にはかえられません。それをいちばん犯人に言いたかったのです。