〔被害弁償については、家族と相談しながらになるが、報奨金の中から一生を掛けて弁償したい、自分が生きている限りやっていきたい〕

被害者遺族への賠償金は
支払われないケースが多い

「申出人」とは被害者遺族の呉恵芳である。文章を作成したのは刑務官なので、このような形式的な表現になる。「刑執行中の心情等伝達制度」は、財産犯の被害者と加害者とのやり取りや交通事故の賠償金の支払いをめぐるやり取り、詐欺の被害者と加害者のやりとりも行われることが想定されている。

 実際には、民事訴訟で確定した賠償金をめぐることがほとんどなのだが、加害者が出所後に姿をくらましたりするなど、支払いを履行しないケースのほうが圧倒的に多いのが現実だ。

 損害賠償請求権には時効があるため、被害者は高額な費用を払って時効を更新するために訴訟を起こさざるを得ないことも多い。

 また、そもそも無期懲役は現在、事実上の終身刑に近い。無期懲役囚の8割近くは実際には30年以上経過しなければ仮釈放は認められていない。「一生かけて弁償」することは無理なのである。この問題については今回の法律を新設した原動力となった法制審委員の法学者・太田達也の指摘する通り、せいぜい報奨金の額を上げて賠償金に充てていくしか方法がない。それでも裁判所が命令した金額にはとうてい及ばない。

被害者遺族が訴える
事件後の辛く苦しい生活

「心情等伝達結果通知書」の最後にはこうあった。

〔皆さんの人生を台なしにしてしまい、本当に申し訳ございませんでした〕

〔事件から12年、被害者のお母さんの気持ちを、苦しみから救ってあげられなかった。申し訳ございませんでした〕

 12年も経ちながら、遺族のことを想像したこともなかったのか──。呉は愕然とするしかなかった。

 文面から読み取るに、加害者が心配しているのは自分の家族だけらしい。幼稚で傲慢な表現も目立つ。刑務所に収監されて12年間、更生へ向けて進化しているどころか、退化し、思考が止まっている。呉は「反省していないことがはっきりとわかりました」と深く嘆息した。

「覚悟はしていましたが、口先だけの演技なんていくらでもできます。でも、制度を使ってよかったとは思います。一方的ですが、私の思いを加害者に伝えることができた。だから制度の利用はこの1回だけにしようと思っています」

 担当した刑務官から、加害者が謝罪の手紙を書きたいと言っていると連絡があった。しかし、加害者から直接は手紙を受けとりたくなかったため、手紙を出す気持ちがあるなら弁護士のところへ、と返事をした。しかし、手紙はこなかった。

「口だけなんです。すべて口先だけ。私はほんとうに……孤独です。辛い……。さびしいです……」

 呉は刑事裁判に被害者遺族として意見書を提出している。次に記す「事件後の生活」の箇所こそ加害者は読み、自らの罪におののくべきだろう。加害者の大半は被害者や被害者遺族の「その後」を知らない。謝罪の言葉はその後だ(原文には「娘」と「加害者」が実名で記されている)。

〔事件後、私は、知人と会うと、事件のことを聞かれ、辛くなるので、外に出られなくなりました。とにかく元気なふりをするしかないのですが、そのことがとても、辛く、疲れてしまいます。ですから、今は、昔と違い、限られた人としか会えません。私の人生はまるきり変わってしまいました。美味しいものを食べても、味がしなくなりました。娘に悪いように思えてくるからです。心の底から笑えないのです。仕事にも集中力を失い、自信がなくなりました。気力が湧かず、頑張れないのです。そんな自分が悔しくて、歯がゆいです。こんな生活にした加害者が、そして娘に二度と美味しいものを食べさせてあげられなくした加害者を、私は絶対に赦すことができません。加害者には、赦される最も重い刑罰を下してください〕