「あなたの台所を見せて」取材でエッセイスト大平一枝を泣かせた「貧乏バンドマンがロフトに隠していたもの」写真はイメージです Photo:PIXTA

筆者は、市井の人々の台所を訪ね、普通の食卓を取材する連載を続けてきた。そこで出会ったのが、食に何のこだわりももたない貧乏バンドマンだった。冷蔵庫に食材はなく、取材は失敗に終わると思われたが、彼が毎日食べるという食材がロフトに隠されていた。そこに込められた意外な想いとは。※本稿は、エッセイストの大平一枝『台所が教えてくれたこと ようやくわかった料理のいろは』(平凡社)の一部を抜粋・編集したものです。

野菜を6年間食べていない
ミュージシャン志望の青年

「大学の軽音サークル出身で、就職せずバンドをしている先輩がいます。シャイですが、まじめないい人なのでこういう企画に協力してくれるかもしれません」

 つてからつてへ。現在、台所取材は自薦の応募制だが、開始当初は知り合いのつてをたどっていた。

 年齢、職業、家族構成、台所のスタイル。できるだけ多様な人に出てもらおうと、知り合いのそのまた知り合いのような、今にも切れそうな細い糸を紡ぎ足すようにして取材対象者を探していた頃、女子大学生に紹介されたのが彼だった。

 プロミュージシャン志望の23歳。

 東武東上線成増駅から15分ほど歩いたロフト付きアパートの1階、道路に面した角部屋のワンルームに住んでいる。鉄骨の外階段の真下に部屋があり、ふたつある窓のうちひとつは、外側に板が立てかけられていて真っ暗だ。そうしないと出入りするすべての住人から中が見えてしまうので、大家が立てかけたらしい。残された西側の窓も、分厚いカーテンが閉まっていたので、撮影のため――当時は私が撮っていた――開けてもらった。