母の想いがつまった
実家からの宅配便
このままだと薄っぺらな原稿になってしまう。当時は毎週掲載で、締め切りが明日、公開が3日後というような状況だった。とりあえず、パスタのことを聞こう。どんな些細なものでも、彼の心の内をのぞくきっかけが欲しかった。
「毎日パスタって飽きない?」
「意外と飽きないですね。ソースの素はいろいろあるんで」
上を指差した。
「ああ、ロフト。そこになにが?」
「母ちゃんから宅配便でくるんです。いろんな味の」
撮らせてもらいたいが、ロフトに掛けられたはしごは90度で、とてもカメラと三脚を担いで上れそうにない。下におろしてもらえないか相談すると、照れくさそうに笑って頷いた。
「撮影で邪魔になるかなと思って、上によけといたんです」
彼の描くミュージシャン像に、実家からの宅配品だけは含まれていなかったのかもしれないと、あとから気づいた。現場では、そこまで想いを汲むことができなかった。私も始まったばかりの企画にいっぱいいっぱいで、自分のことしか見えていなかった。
はたしてその箱には、パスタの麺と、顆粒やレトルトのいろんな味のパスタソースがぎっしり入っていた。奥には、チャルメラやサッポロ一番のインスタントラーメンが。
不意に胸がいっぱいになった。
音楽のことしか頭にない、大学卒業後も就職せずに頑張っている息子がどんなによれよれでも、湯さえ沸かせば作れるもの。日持ちして、命をつなげるものを考えた末が、パスタだったのだろう。
がりがりに痩せた彼を5キロ太らせて東京に帰らせる母の想いが、カシャカシャとビニールが擦れ合う大きな段ボール箱からあふれていた。
台所にはその人の
生きた証が詰まっている
取り憑かれたように何度もシャッターを押す私に、彼が言う。
「そういえばこれ、僕の命綱ですね。なかったら餓死してます」
彼を見ると、私を通り越したもっと遠くを見ていた。
その後無事原稿を書き上げ、なんとか納品に間に合った。タイトルは「頭の中の98%が音楽という23歳の“命綱”」である。
台所は命を育む場だ。とすれば彼の台所は、あの箱だ。
同時に、台所は親から子へ、子から孫へ、言葉にできないなにかが受け継がれる場でもある。そこにいない人を思い出したり、記憶の中の誰かと会話をしたり。
ふだんは忘れていても、自分が誰かに大切にされたひとりの人間であることを思い出すボタンが、台所にはたくさんある。だから大丈夫だ。どんな人にもボタンに続く物語は必ずあるのだから、私は大きく広げた風呂敷を恥じることはない。
『台所が教えてくれたこと ようやくわかった料理のいろは』(大平一枝、平凡社)
そう信じさせてくれたのが彼の台所なのである。
帰り際、「もし原稿をいいと思ったら、公開されたとき、親御さんにも見せてあげてね」と頼んだ。ああはいと、ぼんやりした返事だった。
気に入ったのかどうかはわからないけれど、しばらくして彼からメールが来た。
〈僕らのバンドのアーティスト写真、撮ってもらえませんか〉
少なくとも、あんな暗い写真でも気に入ってくれたらしい。私は張り切ってロケハンをし、こだわりぬいた調布市野川で何十カットも撮った。
親御さんのことは聞かなかった。きっと台所の取材を受けたことなど、彼の頭の中にはないはずだから。







