たとえば、ミシガン大学アナーバー校のクロスらによる研究では、自分の身に起きたストレスフルな出来事について、「私」や「僕」といった一人称ではなく、「彼」や「あなた」、あるいは「自分の名前」のような非一人称を用いて、「他人の視点」から語るように内省した人は、自己中心的で感情的な思考から距離をとって、より合理的・建設的に状況を捉えることができることが示されました。
『最先端研究でわかった頭のいい人がやっている 言語化の習慣』(堀田秀吾、朝日新聞出版)
また、ウォータールー大学のグロスマンとミシガン大学のクロスによる実験は、人々は自分の個人的な問題よりも、他人の問題について考えるときのほうが賢明に考えられることを示しています。
自分の問題を客観的に離れて考えるように指示すると、他人の問題を考えた場合との「賢明さの差」――ここでの賢明さとは「自分の知識の限界を理解し、他者の視点を考慮妥協や将来の変化を重要視する思考スタイル」のことを指します――がなくなることがわかりました。
また、年齢が増えて(年を取って)も、この自己・他者の賢明さの差が解消されないことも明らかになりました。つまり、若年者・高齢者ともに同様の傾向が見られ、自己から距離を置くことの効果は年齢にかかわらず有効だったのです。
結局、人は自分のこととなるとなかなか冷静に判断できないものの、現状の自分と心の距離を置くことができれば、自分の問題にも智慧を持って向き合えるようになるということです。
自分の感情を見つめ直し
ラベリングするのがコツ
重要なのは、これは「気にしないようにしよう」と言い聞かせる自己暗示ではないということです。むしろ、今、自分がどんな感情を抱いているのかを認めた上で、その感情に巻き込まれすぎないように「ラベリング」している、という点がポイントです。
私たちは、どんなに賢くて論理的な人でも、感情の波に呑み込まれてしまうことがあります。そして、そうしたときほど、「正しく考える力」「相手に伝える力」「自分の行動を選び取る力」が鈍ってしまいます。だからこそ、「言語化」――すなわち、ことばで整理する力が、ここで鍵になるのです。
判断を迫られたら、あえて「他人の視点」で自分を語る。







