錦織さんが…
家に戻ったヘブンは、やにわに書き始める。
松江の旅館の窓から、熊本の自宅の窓へ。夕方、夜、春……とカメラは横移動で時間の経過を表す。桜の花びらが舞い、ウグイスが鳴く頃、ヘブンは「ママさん」とトキを探す。
トキは手紙を庭で読んでいる。
新作が書き上がったとヘブンはトキに原稿を見せる。
「錦織さん、きっと驚くでしょう」と言うヘブンに、トキは「驚かないと思います」と、錦織からの手紙を見せる。
知事(佐野史郎)の許可を得て戸籍が無事、雨清水に移ったという報告の手紙だった。
トキは錦織の真意を知っていた。
あの日、ヘブンが旅館にこもってから、錦織とトキは、廊下で話をした。
「たき付けたんだ、リテラリーアシスタントとしての最後の仕事だ」
「あの人は本当に世話が焼ける」
松江にヘブンが来たばかりのとき、障子の前に錦織とトキが立っていたのと同じ場所でふたりは語らった。
「あの美しい朝もやを見ても、何も感じられなかった人に、何が書けるんですか?」と迫った錦織のセリフに涙が出そうになったのは、心を鬼にしている錦織の心の痛みだったのかもしれない。
ヘブンは「やっぱり」と言いながら、原稿の1枚を渡す。でもトキには英語だから読めない。
TO NISHIKOHRI YUICHI
IN DEAR REMEMBERANCE OF IZUMO DAYS
本の巻頭に載せる謝辞だった。
ヘブンもうすうす錦織の本音がわかっていた。だから彼宛ての謝辞をあらかじめ書いたのだ。
幸い、錦織はこれを読むことができた。本を開いて謝辞を読んだときのうれしそうな、ちょっとはにかんだような笑顔。
その後、錦織はこの世を去った。静かな静かな雪の日。
桜も雪も、儚(はかな)い命のようである。
気合の入りまくった週であった。橋爪國臣チーフプロデューサーは今週、錦織の人生を描ききると言っていたが、ほんとうに、錦織は短い人生を生ききった。ヘブンのために。
錦織のおかげで、ヘブンは今日も書いている。
次週はいよいよ怪談執筆に――。
『ばけばけ』も残りあと2週間!









