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スポーツの習い事が将来への投資になるか
単なる浪費になるかの分岐点は?
もし親が、スポーツを単なる競争や「親自身の優越感を満たすための道具」としてとらえている場合、子どもにとっては成長の場ではなく「恐怖の場」となり得ます。
「なんでシュートを外したの!」と、結果だけを見て叱責する親の元では、子どもは「失敗=悪」と学習します。これでは非認知能力の核となる「失敗を恐れずに挑戦する心(自己効力感)」が育つどころか、萎縮してしまいます。
逆に、伸びる子の親は、スポーツを「人生のシミュレーション」としてとらえています。試合に負けて泣く我が子に、「最後まであきらめずに走れたね」「悔しいと感じるほど本気で取り組んだんだね」と声をかけます。
親が「能力(才能)」ではなく「プロセス(努力や工夫)」を評価することで初めて、スポーツの苦しい練習が「自らを高める挑戦」へと変換されるのです。
※スタンフォード大学キャロル・ドゥエック教授が提唱する「グロース・マインドセット(成長思考)」
つまり、スポーツの習い事が将来への投資になるか、単なる浪費になるかの分岐点は、親がその活動を通じて「何を学ばせようとしているか」という意図の明確さにかかっています。
では、その意図を明確にした上で、多くの親御さんが悩みがちな「習い事の辞め時」については、どのように考えればよいのでしょうか。この点で筆者が相談を受けた際、いつも答えている明確な基準があります。







