まず、子供が自分の希望に沿わないと知り、怒りや悲しみを抱いています。子供が自分の考えを示しているだけなのに、なぜ怒りや悲しみが出てくるのでしょうか。
それは最初から、子供のありのままを受け入れようとしていなかったからです。だから、このケースで子供に持っていたのは「愛」ではなく、「愛もどき」だったのです。そして、子供が自分の意にそぐわない行動をとろうとすると、「愛」が冷めるという。おかしな話です。「ありのままを受け入れる」ことが愛なのに、なぜ冷めるのでしょうか。でも、こう考えると納得できます。崩壊するのは「愛」ではなく「愛もどき」なのです。子供に対する執着や支配なのです。
こういう場合、今一度自分のことを考えてみてください。
子供の教育に熱心だったときに、それによって自分の満たされない何かを埋めようとしていなかったか。きっとそういう側面があるはずです。自分のありのままを受け止めず、自分の問題と子供の問題を区別できなかったのではないでしょうか。
難しいかもしれませんが、まず、子供の気持ちを受け止めて、よく話を聞いてください。そして、自分の人生を決めるオールは子供に持たせてください。親は、親としての意見を伝える。とても建設的で、重要な「愛」の対話に変えてください。
もし、親が子供を支配し続けようとすると、逆に子供は反発して、必要以上に「親の意図しない道」を選ぼうとするものです。冷静に愛を持って接すれば、逆に子供は冷静に自分の考えを決めるものです。もちろん、それがどんな答えであっても受け止める。それが「愛」というものです。
父から祖父への複雑な思い
それも「愛」あればこそ
色々あり、父と喧嘩をして家を出てきました。父親を今でも許せません。今では、ほぼ父親とは連絡をとっていませんが、何かの折に妻や家族に「父の悪口」を言ってしまっている自分がいます。父のことを考えると未だにモヤモヤし、このままで良いのかという思いがあります。
これは実は私の父親のケースです。私の父は家庭が複雑であったこともあり、成人するとともに実家から飛び出して暮らし始めました。その後私の母と結婚し、家庭を持ったのです。







