生々しい描写ですよね。この本には、ホームで電車を待つと「思わず飛び込んでしまうのでは」と感じたため、電車が来る寸前でないとホームに出られなかった、という強烈な場面も登場します。自分の意思ではどうにもならない不安と衝動、これこそが、うつ病の厳しい側面なのです。

九段まで上り詰めたプロが
将棋に興味を失う…

 2017年6月、先崎九段は過度のメディア対応によるストレスからうつ病を発症し、7月に1カ月ほど入院されました。本来であれば入院中に十分回復してから退院するのが理想ですが、現実にはそう簡単にはいきません。先崎九段も「半治り」の状態で退院し、その後は自宅で療養を続けました。

 発症から4カ月後、ようやく将棋仲間と再会した時のエピソードも衝撃的です。当時、世間では藤井聡太さんが大きな話題になっていました。けれど先崎九段は、その名前すら知らなかったというのです。プロ棋士として常に将棋の世界に身を置いてきた人が、わずか数カ月で興味を完全に失う。これも、うつ病が人の心にどれほど大きな影響を及ぼすかを物語っています。

 さらに1カ月ほどたって、ようやく「将棋をやってみようかな」という気持ちが少し戻ってきます。しかし、普段だったらさらさらと解ける九手詰めの詰将棋が、まったく解けない。七手詰めも無理。しかたなく、五手詰めから練習を再開したといいます。まさにリハビリですね。そうした努力の末、翌年にはタイトル保持者に勝ち、約1年で復帰を果たしました。

 このエピソードからも見えてくるのは、うつ病が「すぐに治る病気」ではないという事実です。ある程度良くなるまでに3~4カ月、復帰までには1年近くかかることもある。もし、あなたの同僚や友人がうつ病になったとしたら、回復にはそれくらいの長い時間が必要なのだと、覚悟して支えていく必要があるのです。

「うつ病」は社会的に
非常に重大な問題

 ここで少し視点を変えて、うつ病や双極症といった気分障害について、数字から見てみましょう。

 厚生労働省の2020年の患者調査によれば、気分障害で病院に通っている人は約172万人。けれど、これはあくまで「診断されて通院している人」だけ。実際に「うつ病になったことがある人」全体から見れば、ほんの氷山の一角にすぎません。