症状は次第に進行し、朝2時ごろに目が覚めてベッドの中でもんもんと悩み続け、「もうダメだ」と独り言をつぶやくようになった。家族が声をかけても反応は乏しく、職場でも焦燥感から計算ができなくなり、ついに会社に行けなくなった。

 この段階で総合病院の精神科に入院し、電気けいれん療法(ECT)を受けることとなった。約1カ月で症状は改善し、無事に退院。その後は復職も果たしている。

「抑うつ状態」と「うつ病」
勘違いしやすい定義の違い

 ここまで、重いうつ病のケースを紹介しました。

 ここで少し立ち止まって、言葉の定義を整理しておきましょう。「抑うつ状態」と「うつ病」、この2つは似ているようで実はまったく違う概念です。

「抑うつ状態」というのは、気分が落ち込んでいる状態そのものを指します。その背景にはさまざまな原因があり、そのうちの1つがうつ病です。つまり、うつ病は抑うつ状態を引き起こす原因の1つにすぎないのです。では実際に診断の現場では、どうやって「抑うつ状態」と「うつ病」を区別しているのでしょうか。

 まず医師が最初に確認するのは、「身体疾患が隠れていないか」という点です。例えば、甲状腺の病気や脳梗塞の後など、体の病気によってうつ状態が引き起こされることがあります。

 次にチェックするのは、薬や物質の影響。インターフェロンなどの薬剤やアルコールが原因で、抑うつ状態が出てしまうこともあります。アルコールが原因の場合、治療は抗うつ薬ではなくアルコールをやめることになります。

書影『「心の病」がみえる脳科学講義』(加藤忠史 翔泳社)『「心の病」がみえる脳科学講義』(加藤忠史 翔泳社)

 こうした要因を除外した上で、ようやく「診断基準」に沿ってうつ病の確認が進みます。抑うつ気分、興味・喜びの喪失のうち少なくとも1つを含み、食欲の変化、睡眠の変化、精神運動制止、易疲労感、自責感、集中困難、希死念慮を加えた9つのうち5つ以上が2週間以上続いているかどうか。これを満たせば「うつ病」と診断され、満たさない場合は、うつ病ではなく適応反応症(適応障害)である可能性が考えられます。

 ただし、満たす場合であっても、抑うつ状態でない時に幻覚や妄想がある場合には、統合失調症や統合失調感情症の可能性を考えなければならないし、躁や軽躁の既往があれば双極症と診断されます。

 こうして見ていくと、うつ状態の裏にはいろいろな要因が潜んでいることがわかります。

 ですから「抑うつ状態=うつ病」とすぐに決めつけることはできません。内科的な病気も、薬の影響も、1つひとつ丁寧に確認する必要がある。だからこそ、わずか5~10分の診察で「うつ病」と断定するのは、実際にはほとんど不可能なのです。