ニクソン大統領が宣言したが
55年経っても「がん」を克服できない

 あるいは、健康や医学の分野を取り上げてみましょう。1971年にニクソン大統領が「癌(がん)に対する宣戦布告」を行い、アメリカ建国200周年となる1976年までに癌(がん)を克服すると約束しました。現在は1971年から5年後ではなく、55年後(※2026年時点)です。

 当然ながら、定義上、私たちは55年前よりも癌(がん)克服に近づいています。しかし、あと5年以内に癌(がん)を完全に克服できると信じている人は、今日ここには誰もいないでしょう。 旅が長引けば長引くほど、ある時点で、残された道のりがかつて考えられていたよりもさらに長くなっていることに気づくのです。

 そしてもちろん、現代の政治家がアルツハイマー病に対して同様の「宣戦布告」をすることなど、もはや想像もできません。これは、期待値という点において、近世初期からの信じられないような衰退を意味しています。

 フランシス・ベーコン(※1561-1626年/イギリスの科学者。実験や観察を重視し、近代科学の基礎を築いた)やコンドルセ侯爵(※1743~1794年/フランスの啓蒙思想家、数学者)は、科学が永遠の命、死への勝利をもたらすと考えていました。しかしその後、20世紀には特定の病気を治療するだけにとどまり、理想は徐々に衰退し、崩壊しました。

 そして21世紀までには、死の克服というテーマは「安楽死」という形をとるようになっています。私はここで安楽死の是非について道徳的な議論をするつもりはありませんが、それはある意味で、私たちがかつて考えていたほどに科学が急速に進歩していないことの明らかな兆候であると言わざるを得ません。

『ガリヴァー旅行記』の中で、著者のジョナサン・スウィフトは「ストラルドブラグ」という人々の集団を描き、科学の失敗を予見しました。彼らは非常に高齢でありながら老衰しており、ただ死ねずに長く生き続けるだけの人々です。

 つまり、寿命の長さ(量)は延びましたが、生活の質は向上していません。これはヨハネの黙示録9章6節の記述への暗示でもあります。「その日には、人々は死を求めても、これを見いだせず、死にたいと願っても、死は彼らから逃げて行くのである」。したがって私は、安楽死の増加という現象を、進歩がひどく鈍化してしまったことのもう一つの兆候として解釈します。