なぜ我々はAIに
過剰に熱狂するのか
なぜ我々は人工知能(AI)という単一のテクノロジーに過剰に熱狂してしまうのか。それは我々を取り巻く現実の物理世界が絶望的なまでに停滞し、もはや情報空間の進化という幻想にすがるしかなくなっているからだ。ティール氏は、1969年を境にして人類が現実からの逃避を始めたと指摘する。
1969年7月に人類が月に到達し、その3週間後にウッドストック(※1969年8月に米ニューヨーク州で開かれた、ヒッピー文化の象徴である野外音楽イベント)が始まりました。そこでヒッピーがアメリカを乗っ取り、文化的な進歩は止まったのです。
それは完全な停止ではありません。コンピュータはこの例外であると考えています。過去50年間、私たちは「ビットの世界」という狭い円錐形の範囲で進歩を遂げてきました。ソフトウェア、コンピュータ、インターネット、そして今はAIです。それは絶対的な停滞の物語ではありませんが、他のほとんどの領域が失敗する中で、この狭い範囲に押し込められた進歩の物語です。
私は1980年代後半にスタンフォード大学で学びましたが、今振り返れば、当時学ぶことができた工学のほぼすべての領域は、進むべきでない分野だったと言えるでしょう。原子力工学はうまくいかず、航空宇宙工学もうまくいきませんでした。機械工学、化学工学も――私の父は化学工学者でしたが――これらすべての領域において十分な進歩はなく、高給な仕事には繋がりませんでした。
電気工学はまだ少しは機能していたと思いますが、振り返ってみれば、科学技術において真に高給な仕事に繋がったのはコンピュータサイエンスだけでした。それ以外は基本的には行き詰まっていました。
博士号を持つ人は100倍増えたが
100倍の進歩を遂げているのか
進歩の精神を失った現在、本来イノベーションの牽引役となるべきアカデミズムは腐敗の温床となっている。莫大な予算が投じられているにもかかわらず、物理世界を根本から変革するような成果は生まれていない。
「投入量(インプット)」を測れば、科学は依然として非常に速く成長し続けています。これはデレク・デ・ソーラ・プライスの著書『バビロン以来の科学』(1961年)からの引用ですが、これらの多くは今でも真実でしょう。科学雑誌、科学出版物の数は、すべて指数関数的に増えています。大学の数も、博士号(PhD)の数も、大幅に増えています。







