「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。戦略とは何か。変化の時代に、企業は何を問い直すべきなのか。本連載では、さまざまな経営や組織の悩みについて坂田氏に話を聞きながら、同書の考え方を現在進行形の課題へと結びつけていく。
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14歳のデビュー直後
藤井聡太はすでに「強くなること」を語っていた
――今回は将棋の話から始めさせてください。藤井聡太竜王・名人は、プロデビューした14歳のころから一貫して「強くなりたい」と語ってきました。この言葉をどう受け取りますか?
「将棋を突きつめていくこと、強くなることが使命……使命までいくかわからないですけど、自分のすべきことだと思います(プロデビュー直後インタビュー)」
これは、14歳の少年の言葉とは思えません。
「次の対局に勝ちたい」という発想と、「強くなることが自分のすべきことだ」という発想では、戦略の構造として根本的に異なります。
「勝ちたい」は目の前の一戦という「点」にフォーカスしています。
一方、「強くなりたい」は、自分という「軸」を育てることに向いています。一局の勝敗ではなく、自分の実力そのものを高めることを目指しているのです。
この違いが、10年後、20年後の立ち位置に決定的な差を生みます。
――デビューから半年後、15歳になった藤井さんの言葉も印象的です。
「今は強くなることがいちばん大事な時期だと思っているので、長期的なスパンで考えて強くなっていきたいと思います(Number 2017年12月号インタビュー)」
「長期的なスパンで考える」。ここがポイントです。15歳でこの視点を持っていたということは、自分を俯瞰して捉える力がすでに備わっていたということです。
俯瞰とは、自分を一歩引いて客観的に眺める行為です。
「今の自分は何が足りないのか」「何年後にどのような状態を目指しているのか」を問い続けられる人は、目先の勝敗に振り回されません。その分、長期的に最も成長する方向へ資源を集中できます。
戦略の言葉で言えば、「長期のゴールから逆算して現在の行動を設計できている」という状態です。これを14歳、15歳で自然にできていたことに、驚くばかりです。
「勝つために、最善に近づく」という思考
――デビュー当時のインタビューに、勝負への姿勢についての興味深い言葉があります。
「もちろん勝ちたい気持ちはあります。でも、勝つためにはいかに最善に近づくことしかないので、局面局面で最終的な勝ち負けを意識した方がいいかどうかは……(プロデビュー直後インタビュー)」
この言葉に、本質が凝縮されています。
「勝ちたい」という気持ちはある。しかし「勝つこと」を直接追いかけるのではなく、「最善に近づくこと」に集中する。これが藤井さんの戦略構造です。
勝敗は相手がある以上、自分ではコントロールできません。
一方で「最善手を指すこと」「最善に近づく努力を積み重ねること」は、自分でコントロールできます。コントロール可能な領域に集中する人は、長期的に競争力を高めていきます。
ビジネスに置き換えると、「今期の数字を直接追う」よりも、「顧客にとっての最善を継続的に追求できる力を蓄える」方が、3年後、5年後に大きな差を生みます。
「自分に何が足りないか」を問い続ける組織が、最後に勝つ
――この藤井さんの一連の言葉を、『戦略のデザイン』の観点からはどう解釈しますか?
本書の核心の一つは、「良い戦略は、結果ではなく能力の蓄積に向かって設計される」という点にあります。
多くの組織では、「今期の売上」や「今月のノルマ」といった結果が目標に据えられます。これは間違いではありませんが、それだけでは戦略として不十分です。結果だけを追う組織は、環境の変化や外部要因によって簡単に揺らいでしまいます。
本当に強い組織は、「今期勝つための設計」と「組織として強くなるための設計」の両方を同時に持っています。
藤井さんが「勝つことよりも強くなること」を自分のすべきこととして語り続けてきたのは、この構造を本能的に理解していたからではないでしょうか。
強くなれば、勝利は結果としてついてくる。この確信が、目先の勝敗に過度にとらわれない姿勢を生んでいます。
――最後に、この話をビジネスの現場で実践するためのヒントをいただけますか?
「強くなることで、今までと違う考え方や新しい見え方が発見できると思っていて、そこにおもしろさを感じています。だんだん強くなってくると、自分の弱点や課題をしっかり知ることで、より効率よく強くなる道が開けてきます(KUMON公式インタビューより)」
自分の弱点や課題をしっかり知ること。まさにここが戦略設計の出発点です。
本書で繰り返している「戦略は問いから始まる」というメッセージも、この考え方に通じています。
今の自分たちに何が足りないのか。どこが弱いのか。なぜうまくいかなかったのか。この問いに正直に向き合える組織だけが、自分たちの「勝ち筋」を更新し続けることができます。
14歳のプロデビュー直後から、藤井さんは「勝ちたい」より「強くなりたい」と言い続けてきた。その一貫性こそが、八冠という前人未到の結果を生んだ戦略の本質だと私は思います。
今、あなたのチームでは「勝ちにいく戦略」だけでなく、「強くなる戦略」も設計できているでしょうか。
その問いに向き合うことが、戦略をデザインする第一歩です。
――ありがとうございました。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




