新しいウェーハの注文を
いつでも書けるように

 TSMCの創業者モリス・チャンは、まさにグローバリゼーションの体現者だ。1931年に中国で生まれた彼は、米国でメカトロニクスを学び、テキサス・インスツルメンツで働いたあと、台湾に移住した。1987年にフィリップスの支援を受けてTSMCを設立するためだ。それ以来、彼はポケットに黒いメモ帳を常に忍ばせ、新しいウェーハの注文をいつでも書けるようにしている。パイプを愛好し、オフィスでは禁煙が規則で定められているにもかかわらず煙草を吸った。ASML社員たちは驚いたが、誰もそれを指摘する者はいなかった。

 チャンは2005年にCEOを退任したが、会社を立て直すために2009年に78歳という高齢で復帰した。2005年以降CEOを務めていたリック・ツァイとは意見が合わなかった。ツァイは太陽電池やLED照明用の半導体チップに力を入れていたが、チャンはモバイル革命の波に乗るべきだと考えていた。2013年にチャンはアップルを顧客として獲得し、その過程でASMLに30億ユーロを超える発注をした。

 チャンは2018年6月のEUV導入後にCEOの座を退いたが、晩年に至るまで非常に大きな影響力を持ち続けた。台湾は君主制ではないが、外国の政治家がモリスを「半導体の王様」として扱うのを止めることはできない。彼はまた、AMDのリサ・スーやエヌビディアのジェンスン・フアンといった台湾出身の米国で成功した実業家たちのインスピレーションの源でもある。この二人は台南市で生まれた。そこでもTSMCは半導体を生産している。

「大きな障害の後ろには、
明るい未来が待っている」

 チャンの座右の銘は、新竹にある本社の壁に自筆で書かれている。おおまかに訳すと「大きな障害の後ろには、明るい未来が待っている」という意味だ。台湾で働く4000人のASML社員が身に染みて感じているように、そうした障害は山ほどあった。TSMCはEUV技術の最先端に立つ企業であると同時に、その技術の問題点を明らかにする企業でもあった。

 マーティン(編集部注:マーティン・ファン・デン・ブリンク。ASMLの元最高技術責任者で技術革新を率いた)のオフィスにはTSMCから贈られた「EUV 2018年4月」と書かれた銘板が飾られている。それは、彼の誇りであり喜びであった。「ブレイクスルーがあった年だ」と彼は回想する。「すべてのことは一つのことにかかっていた。うまくいくのか、それとも失敗するのか?」