「AIが当たり前の社会」で
あなたは何をするのか

「中間言語の習得から解放された先に、何が残るか」。これは、ソフトウェアエンジニアがすでに直面している問いです。

 あるシニアエンジニアはこう語ります。「AIを力の倍増装置として使えばいい。定型コードやテストの生成はAIに任せ、高レベルの設計とセキュリティレビューに自分の頭脳を集中する」。そうすれば確かに、生産性は2〜3倍になります。

 しかし「AIが生成したコードを理解できない初心者」にとっては、むしろ生産性が下がります。AIコーディングが当たり前になるほど、「AIが書いたコードを設計し、検証し、改善する能力」の重要性が高まるのです。中間言語の習得が不要になっても、判断力はより問われます。逆説的ですが、そのためにも中間言語の一定の理解と利用経験は必要となります。

 同じことが他の職種でも起きるとすればどうでしょう。財務モデルをAIが作る時代に求められるのは、数式を手で組む能力ではなく、AIが出した分析の妥当性を判断し、経営判断へとつなげる能力です。契約書をAIが起草する時代に求められるのは、法律文書を書く能力ではなく、AIが見落とすリスクを見抜く判断力です。

「バイブコーディング」という言葉は、登場からわずか1年で役割を終えようとしていますが、その1年が示したのは、AIの進化が私たちの想定よりはるかに速いという事実です。「週末の遊び」が「専門職の当たり前」になるまで、12カ月かかりませんでした。

 産業革命のとき、機織り職人は仕事を失いました。しかし別の産業が生まれ、社会は変わっていきました。今回の変化が同様の経路をたどるのか、それとも変化の速度が人間の適応を上回るのか。その問いに、今のところ誰も答えを持っていません。

 AIが当たり前になった社会で、自分は何をするのか。その答えは、自分自身で決めなければなりません。

(クライス&カンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)