
原案と原作、何が違う?
コロナ禍の始まりから6年、生活はもとに戻ってきたものの、あのしんどさは忘れられない。医療従事者の存在がこんなにもありがたいと実感したことも覚えている。それも明治時代の医療従事者の先駆者たちがあってこそ。『風、薫る』ではその歴史の一端を見ることができそうだ。
ドラマの原案、田中ひかる『明治のナイチンゲール大関和物語』(中公文庫)にはこんな記述がある。
「江戸時代に日本へ上陸したコレラは、地域によって『トンコロリン』『鉄砲』などと呼ばれたが、頓死を意味する『コロリ』という呼び名が最もよく使われていた。綾は『最近魚屋さんが来ないのも、コロリのせいだ』と続ける。
この年、四国の松山から各地に広がったコレラが猛威をふるっていた。年末には全国の死者数が一〇万人を超える。防疫を目的に魚介類をはじめとする生鮮食品の販売を禁止した地域もあり、生活の糧を失った漁師たちが米問屋を襲うという事件が各地で発生していた」
大関和(1858〜1932)はりんのモチーフになっている人物。トレインドナースとして疫病と向き合った。綾とは大関の大切な友人。ドラマには登場しない。『明治のナイチンゲール大関和物語』にはドラマのもうひとりのモチーフである鈴木雅も登場する。あくまで原案は大関が主人公で、ドラマの直美に当たる鈴木が登場するのは電子書籍だと全体の4分の1が過ぎた頃だ。
ドラマと原案の大きな違いは鈴木の扱い。鈴木は大関と同じく武家の出で、教育も十分受けていて英語が堪能だった。ここがドラマとは大きく違う。『風、薫る』は生まれ育った環境の違う女性ふたりのバディストーリーとなり、鈴木をモチーフにした直美はみなしごで貧しい生活をしている。教会で育ったのでポルトガル語ができる設定だ。
これらの改編によって『明治のナイチンゲール〜』は「原作」ではなく「原案」となっているのであろうと推測される。原作だとここまでの改編は許容されるか、原作者次第であろう。今回は、原作に忠実に描くのではなく、オリジナルの物語を発想するうえでのアイデアとして使用。ただ、原案はドラマを見るうえでの前提を学ぶには最適だ。当時の様子が克明に調べてあって勉強になる。
ちなみにモデルとモチーフも、原作と原案の関係に近い。その人にかなり近づけた場合はモデル、あくまで参考程度なのはモチーフ。







