明けない夜はないのです。もし今後、不調が訪れても、今回のことを1つの体験、引き出しにして、大きな動揺はしないだろうと、ポジティブに考えます。
2024年に15勝でMVPを獲得した菅野智之投手が抜けた分のプレッシャーが僕の双肩にかかってくることは、菅野投手がFA移籍した時点でわかっていたことです。
やらないといけない思いは春季キャンプから強かったですが、やれなかったことへの後悔はたくさんありますし、責任は痛感しています。
菅野投手にはちょくちょくLINEをしていましたが、ファームにいた4月末、菅野投手に国際電話をかけ、1時間ぐらい話させていただきました。あとを託した僕に対して菅野投手が言いたいこともあったでしょうし、僕もメジャーでの菅野投手のピッチングを観て、聞きたいことはありました。
プロ入り後の6年間、陰となり日向となり僕にアドバイスをくれた先輩投手であり、それ以上に人として尊敬する菅野投手の言葉は僕の胸に刺さりました。
「俺もたくさん悩んできたし、どんなピッチャーでも悩みは来る。これまで順風満帆に歩んできた翔征の悩みというのはまだ小さな悩みだと思う。翔征はまだ若い。悩むことも必要なんだ。でも、やらないといけない立場のピッチャーだから、苦しいのは当たり前だ。結果が出ずとも、自分がやってきたことを信じてやっていくんだ。逆境にあって、慰めてくれる人よりも、むしろ厳しいことを言ってくれる人の言葉を大切にしなさい」
険しいところも含めて自分も通ってきた道だ。「エースへの階段」を一歩一歩登っていくんだよということを伝えてくれたと思うのです。
菅野さんの貴重なアドバイス通り、こんな逆境を体験できたことで、必ずや今後の僕の野球人生にとってプラスになると信じています。
2026年の目標は
200イニングと沢村賞
それにしても35歳ではじめてメジャーに渡った菅野投手(オリオールズ)のすごさを再認識しました。最初は「ストライク勝負ばかりで日米の野球の違いを感じた」そうですが、絶妙なコントロール(9イニング平均与四球2.06個)、「左バッターへの内角スライダー」の威力でいきなり10勝(10敗)をマークしたのです(編集部注/菅野投手はコロラド・ロッキーズに移籍して2026年を迎える)。







