これはディープラーニングの黎明期の2017年にグーグルのアルファ碁が世界最強の人間の棋士を打ち負かした直後に引退したのと同じ事情です。これ以上戦っても戦う相手がいないというのも理由ですが、それ以上に「希少な計算能力を他の研究分野に使ったほうがより発展する」という理由が大きかったのです。

 実際、アルファ碁の後継機種は国際数学オリンピックでメダリストクラスの成績を収めたり、生物学分野でのタンパク質構造の予測で革命的な成果をもたらしたりしました。

 ではSoraをやめると何ができるのでしょうか?OpenAIによればSoraの動画生成技術を「現実世界の物理シミュレーションに転用する」と明言しています。ここがこの話の最重要なポイントです。

【ステップ2】
動画生成技術をどう技術転用するのか?

 現在、ビジネスへの投資という視点でみると、AI分野で一番注目とマネーが集まっているのがフィジカルAIです。生成AIの次に産業革命が起こせるのはロボットだということです。

 では、開発という視点でみた場合の生成AIとフィジカルAIの最大の違いは何でしょうか?それは導入の際の失敗の被害が甚大だということです。

 漫画の「ロボット三等兵」やテレビの「がんばれロボコン」が世の中に導入されるケースを想像すればすぐにわかります。あんなものが工場や倉庫、建設現場にやってきたらとんでもない損害が起きるのは誰でもわかります。

 一方でAIは学習させなければ進化しません。生成AIの場合を思い起こしてみればわかります。3年前は使い物にならない失敗ばかり出力していましたが、その学習期間があったおかげで現在ではビジネスの右腕として活躍してくれているわけです。

 ではフィジカルAIの場合、どこで失敗学習をさせるのか?最適な場所は現実世界のツインとして作られた仮想空間です。

 イメージしてみればすぐに理解できる話です。ロボットを開発する会社が現実の工場の中で実験をすれば、ロボットは工場に設置された機械を壊したり、半製品を握りつぶしたりするかもしれません。思わぬ事故で人的被害をひき起こしたら大事です。

 フィジカルAIの研究が一番進んでいるのが自動車の運転です。つい最近までは公道で実験車を走らせるのが主な開発手法でした。しかしこの方法だと子供がいきなり飛び出してくるとか、前を走っていた車が突然事故を起こして巻き込まれるといった「レアな体験」はなかなか学習できません。

 そこで実際の公道とまったく同じ構造のデジタルツインのシミュレーション空間を仮想空間で再現させる開発手法が生まれます。これまで現実世界で起きてきたさまざまな交通事故のシチュエーションをデジタルツイン上で再現させて、AIの学習スピードを加速する手法がとられるようになりました。

 現在、アメリカと中国で開発が進んでいる人型ロボットではこのデジタルツインがより重要になります。現実のロボットに実装する前に、仮想空間内で学習を加速したうえで、テスト段階も仮想空間内で人型ロボットが意図しない行動をとらないかどうかをきちんとチェックしたうえで実装する手順が必要になります。

 この仮想空間の提供ではインフラとしてはエヌビディアが先行していますが、OpenAIのSoraが持っている潜在能力はそれに匹敵します。訴訟リスクが大きく儲けが小さい動画生成にこだわるよりも、フィジカルAIの開発企業向けに「現実世界の物理シミュレーションインフラ」として解放したほうが、よほど市場ニーズは大きいということです。