「考えが変わること」は成長の証では?
ここからは高市首相とは関係なく、あくまで一般論として聞いてもらいたい。
それなりに向上心のある人間が5年も生きていれば、新たな知見や気づきが膨大に蓄積され、それについての熟慮が深まり、かつては見いだせなかった視点や価値観を手に入れる。さまざまな人と新たに出会い、触発され、対話し、議論し、時に諭(さと)されたり糺(ただ)されたりもするだろう。傾聴を重ねれば重ねるほど、人は考えを変容させてゆく。
それは「精神的成長」「人間的成熟」などと呼ばれる。
たとえば、以下のような物言いに異論を唱える人はあまりいないだろう。
「人はいくつになっても成長できるし、成長すべきだ」
「自己変革こそ成功の鍵」
「価値観をアップデートした者だけが生き残る」
しかしこれらとは裏腹に、「5年前と言っていることが違うではないか」と激しく糾弾されるのが、今という時代だ。
そのことは、キャンセルカルチャーの勃興と表裏一体の関係にある。
38歳が、26歳のときの発言を謝罪しなければならない社会
今年1月3日、シンガーソングライターの大森靖子氏がXで、過去の発言について「言葉に問題があった」「謝罪しろは何回もしてますが、ごめんなさい!」と事実上の“謝罪”と受け取れるポストをした。
その発言とは、ウェブメディア「音楽ナタリー」での銀杏BOYZ峯田和伸氏との対談中、女性アイドルを作っているのは男性であるという話の流れで出たものだ。大森氏曰く、「でも田嶋陽子的なのはイヤですよ(笑)」「女性が社会運動すればするほど女性が不自由になっていくんですよ。だからあれとっととやめてほしくて」
実は、この対談記事が配信されたのは、今から11年以上前の2014年9月18日。現在38歳の大森氏が26歳のときの発言だ。それが2026年1月2日にSNS上で拡散されて批判が集まったことで、大森氏は“釈明”と“謝罪”せざるをえなくなった。
ここで、皆さんも自らに問うてみてほしい。フェミニズムに限らないさまざまな社会問題に関する知見、政治や経済への理解度、自分とは異なる世代に対する印象、世界中の人たちの多様な価値観に対する見解、特定の国家に抱いているイメージ。それらは11年前と今とで同じだろうか? 11年前にも今と同じくらいの解像度で、“正確”かつ“公平”に捕捉できていただろうか?
筆者はといえば、もちろん同じではなかったし、まったく低い解像度でしか捕捉できていなかった。今よりも知らなかったこと、認識が甘かったことが山ほどある。11年前に書いた文章の「見識の浅さ」に消えてしまいたくなることもある。今書いているこの文章にも、11年後には同じことを感じるだろう。
当たり前である。人間は成長するのだ。精神的にも、人格的にも、知的にも。







