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“売れていない”という理由だけで、役者やバンドマンは価値がないと見なされがちだ。売上やフォロワー数といった「市場の数字」が評価の基準となる現代では、人の信用や可能性までもが数値で測られる。私たちはいつから、数字だけで人を評価するようになったのか。※本稿は、文筆家・個人投資家のヤマザキOKコンピュータ『お金信仰さようなら』(穴書)の一部を抜粋・編集したものです。
「良いものが売れる」のではなく
「売れるものが良い」という信仰
市場信仰というのは、市場評価を過信することで、自分の価値観や評価軸を見失ってしまった状態を指す。
市場価値、つまり「売れているかどうか」こそが究極の価値基準であると信じ込んでいる。
良いものが売れるのではなく、売れるものが良いものであると考える。
これはいわゆるビジネスパーソンに限った話ではない。文化や芸術のような、善し悪しの判断が難しい世界でも、市場信仰の側から評価を押し付けられることがある。
例えば、売れない芸人やバンドマン、役者、作家、画家、写真家など、肩書きの前に付けられる「売れない」という言葉には多かれ少なかれ「世の中に必要とされていない」という侮蔑的な意味が含まれている。
この文脈においては、文化的な価値や、社会的な意義、行為自体の楽しみなど、非経済的でお金で計測しにくい価値は完全になかったことにされてしまう。
動員数や売上金額、動画の再生回数やSNSのフォロワー数など、市場における成否だけで下された評価を押し付けられる。それも本質的な評価とは関係ない、数値で可視化できるものばかりで測られる。







