市場信仰の影響下では、趣味も文化もライフスタイルも、何もかもが強制的に市場の論理へとあてはめられる。
ライフワーク的に友だちとバンドなどやろうものなら、「需要のないものには価値がない」という前提に基づいて、「夢追い人」のレッテルを貼られてしまう。
匿名のニュースサイトやソーシャルメディアなどで、年商が高い企業の社長がもてはやされる一方で、労働力を失った高齢者や購買力が弱い貧困層が完膚なきまでに罵倒されているのもよく見かける。これも「どれだけ市場の役に立っているか」を重視した価値観に基づいており、根幹には市場信仰が感じられる。
前年の収入と勤続年数で
大家に何がわかるのか
また、普通に暮らしている中でも、市場信仰は感じられる。
例えば、家やマンションを借りる際。
私の趣味は引っ越しで、この7年間で2カ国6都市の8住宅を移り住んできた。
通常、国内で賃貸物件を借りるにあたっては、必ず「前年の収入」と「勤続年数」を書かされる。これは家賃の支払い能力を見るためであり、十分な妥当性がある。ただし、これだけで人間の信用が測れるかといえば疑問である。
例えば私の場合、資産運用や執筆の具合によって収入が大きく左右されるので、年収は毎年バラバラだ。仕込みに時間を費やした年は収入が極端に少なくなるし、反対に収入が集中するような年もある。数年単位で計画的に動いているので生活には何の支障もないが、引っ越しのタイミングには注意が要る。
一般に、月家賃の36倍程度の年収があれば審査を通過できる可能性が高いといわれているが、私のような収入モデルの場合は単純な年収で支払い能力が計測できるとは思えない。
もし引っ越しの前年の収入が少なければ、信用のない人間として評価され、審査に通らない可能性が高い。
最悪、持っている株式や投資信託を一旦売って利益を計上して買い戻せば数値上は安定した収入があるように見せかけることもできるとは思う。でも手間とコストが増えるだけで、ばかばかしいのでやりたくない。







