理由については特に記載がないが、推理するならば、3億円以上の資産を築くまでにそれなりの年齢を重ねており、健康状態や生活の質が下がっているという可能性が考えられる。あとは資産管理や防犯対策の必要性が上がったり、人間関係が悪化している可能性もある。
あるいは私の知人(編集部注/暗号通貨の取引で莫大な資産を得たことで、資産を増やすために忙殺される日々を送る)のように冷えたご飯ばかり食べているのかもしれないし、リバモア(編集部注/拳銃自殺した伝説の投資家、ジェシー・ローリストン・リバモア)のように戦うことに疲れてしまったのかもしれない。
何にしても、お金があればあるほど幸福になるというわけではないらしい。
初めて食べたカップラーメンが
いちばんおいしい法則
そして、総合主観満足度の最低値をマークした「100万円以下の層」と、最高値の「1億円以上3億円未満の層」との偏差は1.94ポイントしかないという点にも注目したい。
資産が倍になったら満足度も100倍になってくれたらわかりやすくて助かるが、そういうわけではなさそうだ。それどころか、2倍や3倍にもなっていない。
調査方法にもよるとは思うが、あえて短絡的に捉えるならば、0~10ポイントで表される総合主観満足度のうち、お金で買える領域は2ポイント未満ということになる。5.05から6.98に、つまり1.4倍が関の山だ。
実際はもう少し買えているかもしれないが、そこに達するほどのお金を集めるためには時間や心身をある程度犠牲にするだろうから、差し引き2ポイント前後に収まってしまう。
また、買い物で得られる快楽は、やがて必ず飽きが来る。この現象は、経済学の世界で「限界効用逓減の法則」と呼ばれている。
はじめて食べたカップラーメンはあんなにおいしかったのに、何度も繰り返し食べるうちに得られる快楽が減り続け、いまでは「しょうがないからカップラーメン食べるか」くらいにまで落ち着いている。
これはカップラーメンに限らず、しゃぶしゃぶもステーキも中トロだって、繰り返し食べれば飽きてくる。
快楽を追求するには
お金以外の技術が必要
食べ物だけじゃない。高級なものを手に入れると、もっと高級で、もっと豪華なものが欲しくなる。その先は青天井というやつで、果てしない虚無が宇宙の先まで続くだろう。
お金を稼ぎすぎたせいか、あるいはもっと稼ぐためなのかわからないが、100億円以上支払って絵画の所有権を買ってみたり、月の周回旅行に行こうとしたりしている人もいる。
『お金信仰さようなら』(ヤマザキOKコンピュータ、穴書)
法律の範囲内であれば、買っちゃいけないものもないし、行っちゃいけない場所もない。なんでも勝手にやってくれたら良いが、私の余生は次々に高みを目指し続けることよりも、より深いところに潜るために使いたいということを確認した。
私たちがお金に求めるべき要件は苦しみを遠ざけることであって、快楽の追求ではない。快楽を追求するならば、お金以外の技術が要る。どんな分野にしても技術の探求には時間がかかる。
私は目の前にあるものを探求して、いままで感じられなかったものを感じられるようになったときの、あの感覚を求めている。
何かに飽きたときは、住む街を変えてみたり、新しい遊びに挑戦したりして、限界効用逓減の法則に抗い、常に新鮮な気持ちを保っていけたら良い。
こうして暮らし方を工夫したり、すでに目の前にあるものを深く感じ取る力を鍛えていけば、総合主観満足度は6.98どころではなく、8や10まで目指せるはずだ。







