通路を抜けると、広場のような空間に出た。積み上げられた残土の山。壁には、処刑をモチーフにした落書きがあった。恐怖というより、底知れぬ虚無感が残る。麻薬を運ぶだけでなく人間の恐怖や狂気までもが、ここを通って行ったのだろう。

 さらに進む。数メートルか、数十メートルか。距離感が狂うほど、視界も空気も歪んでいる。奥へ奥へと引き込まれる。だが、突然、空間が変わった。天井が落ちかけている。崩落の危険が高い。

「這って進むのも無理か」

「無理に決まってるでしょ。自分の体格考えてください」

 ディレクターの冷静なツッコミが、唯一の現実感だった。引き返すことにする。

あらゆる“越境”が
交差する「地中の闇」

 落書きのあったスペースでFGRのメンバーと合流する。

「あまり先に行かないでください」

 注意されたが、特に強い口調ではなかった。こうした「冒険者」は、過去にもいたのだろう。

 FGRの広報担当の女性が、この場所について説明してくれるという。

「このトンネルはどうやって発見されたのですか?」

「麻薬トンネルのほとんどは、メキシコ側で発見されることはありません。今回もアメリカ側の情報提供で見つかっています」

「現役のトンネルが見つかることは?」

「今のところは、ありませんね」

 トンネルを掘るには、出入り口が必要だ。しかし、合法的な建物の中に隠されていれば、外からはほぼわからない。カルテルはそこに拠点を構え、掘り、使い、壊れる前に捨てる。見つかるのは、寿命を終えた抜け殻ばかりだ。

「ここはメキシコですか?」

「メキシコ領内です。この先200メートルほど進むとアメリカに入ります」

 当然だと言わんばかりの返答に、かすかに安堵する。FGRが不法越境などするはずがない。

 だが、天井に染み込んだ湿気と、壁の奥に隠された気配が、別の声で囁いてくる。「ここが境目なのだ」と。麻薬、移民、密輸、人身売買──あらゆる“越境”が交差する、地中の闇。

 壁を越えようとする者がいて、壁に穴を開ける者がいる。境界は、守られるためにあるのではない。ただ、食い破られるためにあるのだ。

「深さがわかるもう1つのトンネルに行きましょう」

 余韻に浸る間もなく広報の女性が次なるトンネルへの移動を促してきた。

 提案を断る理由はない。さらなるトンネルの存在に期待しながら、私は彼女たちの後についていく。