放駒理事長のもと、協会の理事や役員待遇などに、北の湖、三重ノ海、千代の富士、北勝海、そして貴乃花らが並んでいた。

 放駒理事長就任の半年後に起きたのが、大相撲が危機に直面した八百長事件だ。放駒理事長は、八百長の徹底調査を指揮し、関与した力士らの大量処分を決めた。しかし――。

 当時理事だった貴乃花親方は事件には無関係だったが、この方針が不服だとして、放駒理事長にいきなり辞表を持ってきたことがある。「いい加減にしろ」と一喝した翌朝だった。杉並区にあった放駒部屋での朝稽古中、理事長が隣に座っていた私にぼそりと、「どいつも、こいつも……。横綱っていうのは、変わっとるなあ」とつぶやいた。

 放駒部屋には毎朝、芝田山部屋が出稽古に来ていた。数メートル左に座っていた放駒理事長の弟子で、62代横綱大乃国の芝田山親方が、口を開いた。

「師匠。『どいつも、こいつも』の『どいつ』は分かるんですが、『こいつ』ってのは誰ですか?」

 放駒理事長は、深いため息をつき、「そういや、俺の弟子にも変わってるのがいたなあ」。

壁を登る人は一流
ぶち破る人は超一流

 64代横綱曙のこんな言葉がある。

「人が綱を選ぶんじゃなくて、綱が人を選ぶんです」

 どんな人が、綱に選ばれるのか。これまでに何人もの横綱と接し、私なりに思い描く「綱の条件」がある。それは――。

 何人もの横綱と接してきて思い描く、私なりの「綱の条件」を、61代横綱北勝海の八角理事長に語ったことがある。こんな話だ。

 いま目の前に、つるつるの大理石の壁がある。壁は高く、長大で、右を見ても左を見ても、どこまで続いているのか分からない。

 この壁の向こう側にたどり着けた人が、十両以上の「関取」だ。たとえ何百キロ続いていようが、その壁をたどっていき、向こう側にたどり着いた人たちである。

 十両の上。平幕力士のさらに上。小結、関脇、大関の「三役」になる人たちは、そうじゃない。長大な壁を迂回するのではなく、手がかりも足がかりもない大理石の壁を登ってしまう。

 迂回をしない。登りもしないのが、綱だ。分厚い壁を真っすぐ、ぶち破っていく。横綱になる人たちには、そんなイメージがある――。

 という長話をじっと聞いていた八角理事長が、こう言った。

「うん。いま聞いていて、その壁、死ぬ気で押せば動くな、と思った」

 この時。じっと隣で聞いていて、「うーん……」とうなったのが、6歳年上で、八角理事長を支え続けていた当時相撲協会ナンバー2の尾車事業部長(元大関琴風)だ。琴風は2度の優勝を果たしたが、綱には届かなかった。

「いまの話を聞いていて、俺が横綱になれなかった理由がわかったよ」

 横綱白鵬が引退し、白鵬を追っていた稀勢の里や日馬富士、鶴竜らも引退し、王者を失った土俵は混乱し続けて来た。大相撲はいま、世代交代のただ中にある。

 平成以降の36年間で13人の横綱が生まれた。約3年に1人のペースだ。4年ぶりに2場所連続優勝を果たした大の里が、令和の土俵の混乱に終止符を打てるだろうか。