その1つが、ちゃんこの食べ方だった。

 力士の食事は1日2食。朝食抜きで稽古し、昼近くに最初の食事をとる。「1日2度のドカ食い」「食ったら寝る」。これが相撲部屋の伝統的な食事法だ。

 北勝海には、この伝統が疑問だった。

「1日3食にしてはどうだ、朝食後に稽古をしたらどうだ、なんて考えていたんだよ」

 ところが――。

 28歳の若さで現役を引退後、千代の富士が師匠となった新九重部屋の「部屋付き親方」として、のんびりしようと思っていたら、先輩親方衆から「早く部屋を持て」とせっつかれた。師匠だった北の富士さんから、自分が育った旧九重部屋の土地・建物を買い取ることに。こうして、看板をかけ替える形で八角部屋を興したら、先輩親方衆が一斉に八角部屋に移籍してきた。

「部屋の師匠になっても先輩がみんないるから、いろいろ変えにくいでしょ。結局、何も試せなかったよ」と八角理事長。

 歴代の横綱には共通する性格がある。その1つが、「人の行動をまったく気にしない」という点だ。八角理事長は自分の身の回りのことは、とても几帳面なのだが、弟子たちが下駄や雪駄を脱ぎ散らかして、部屋の勝手口のドアが閉まらなくなっていようが、全く意に介さない。

大らかな元横綱たちも
食事の作法には厳しい顔

 ただ、元横綱たちには、「この作法を外すと機嫌が悪くなる」という別の共通点もあった。付き合っていくうえで、これが結構、“地雷”となる。実は、八角理事長もそうだし、故北の湖理事長も厳しかった。ある先輩記者に聞いたら、境川元理事長(元横綱佐田の山)も、うるさかったそうだ。それは――。

 食事の作法だ。

 食べることは力士の仕事だ。その食事の作法には、みなさん厳しい。

 朝日新聞のある後輩記者は、元横綱から「箸の持ち方がなっていない」と真剣に注意された。かく言う私も、北の湖さんから、うどんのすくい方を叱られたことがある。

 大鍋からうどんを取る「角界の作法」とは――。

 大鍋で煮込んだうどんを箸で「ぐいっ」と持ち上げると、何本かは必ず、鍋に落ちる。汁が飛ぶ。これが不作法だ。