サラリーマンでありながら海外の映画祭で日本人初のグランプリを受賞した長久允氏。その思考法を存分に伝える『あなたにしか作れないけれど、世界に通用してしまう 脚本の教室』が発売から話題となっている。佐久間宣行さん、ラランド・サーヤさんも大絶賛する同書から、抜粋・再構成して特別公開する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

脚本の教室Photo: Adobe Stock

「おもしろくない=罪」なのか

 あなたが本当にやりたいと思って、何か発信をしたり、企画をしたり、書いたりしたとき。

 コンテンツを消費しまくる現代人のひとりがこう言うかもしれません。

「せっかく忙しい中、このコンテンツを観るために時間を使ったのに!
おもしろくないなんて最悪! おもしろくないことは罪だ!!!」

 と。そんな人には、

「ゴメンネ! お疲れ様! 目を休めて! よく眠って!」

 と伝えてあげましょう。
 きっと、その人とその作品の食い合わせが悪かったのです。

「おもしろくなくてもいいじゃないか」(本気で言っている)

 そう思うと、もう無敵です。

 すべての人を満足させる必要はないのです。そんなことは無理ですし。

 そもそも映画は「おもしろい」ことが絶対条件ではありません。

 むしろ「おもしろくないこと」や「退屈なこと」「観た時間が無駄だと感じられること」にも価値があると、私は言い切りたい。

 これは視聴者側としてのマインドセットの話かもしれませんが、「なんか自分には必要のない映画だったな~、無駄な時間を過ごしたな~」という作品にこそ感謝したい。

 なぜなら、映画は人生の写し鏡だからです。

 人生は、おもしろいことや楽しいことばかりではありません。むしろ退屈な時間のほうが多い。

「おもしろい」ということの反対側にある、「本当に退屈!」みたいなものに愛情を持てるようになると、楽になります。「おもしろくない映画を観ること」はその入門練習問題なのです。

生きるための「防具」が手に入る

 また、それにより「誰かにとっては大事だけど、私にとっては不必要なことが存在する」という感覚も得ることができます。

 それもあなたが生きる上で非常に有用な武器となるでしょう。武器というか防具というか

 そういうわけで、ある視聴者にとっての「おもしろいと思えないもの」も、時には必要と言える。

 だから、作り手であるあなたは、「おもしろくすること」を大前提にしなくてもいいのです。

「おもしろいかどうか?」でつまずかなくていい。好きに書いちゃってください。