確かに、ハラスメントは上司が加害者になる場合が多く、古くさい昭和のマネジメント・スタイルはまだ一部に残っています。ハラスメントへの啓発や訓練はそのリスクを下げるために行われます。しかし、そうしたリスク・ヘッジ志向の「守りの発想」で広がり続けたハラスメント研修は、一部のハラスメント・リスクを下げるために、そもそもリスクが低い「普通の上司」までをも、部下とのコミュニケーションから退避させるという副作用があるのです。
褒めて育てられた若者は
失敗することを恐れる
この上司の変化に、メンバー側の意識の変化が重なります。「叱られたくない」若手の増加です。
パーソル総合研究所の金本麻里が行った調査では、現在の若手ビジネスパーソンは、人と対立することや失敗を避けようとする傾向が強いことが示されています。図表2‐4にあるように、「周りの目が気になる」「褒めて育ててほしい」「仕事で失敗するのが怖い」といった傾向は、如実に20代、30代が高くなっています。これはしばしば現場の声やZ世代論などの中でも言われてきたことですが、若手ほど、自分が否定されるような経験を避ける傾向が高いことがデータでも見られます。
同書より転載 拡大画像表示
この傾向には、やはり育ってきた環境や経験の違いも影響していそうです。同調査では、こうした拒否回避の傾向が強い人ほど、育っていく中で「危険な遊びをすぐ止められた」「大切に育てられた」といった経験が多いこともわかっています。
このことは、過去の教育経験そのものが拒否されたくない志向性を形成しているのと同時に、もともとの志向性が経験を決めていっているという両方の可能性が想定されます。年齢の効果か、世代の効果かも慎重に判断すべきデータではあります。しかし、親や教師から体罰や叱咤を受けることなく、大事に丁寧に育てられる環境で育てば、人と対立したり怒りをぶつけられることに耐性を失うというのは論理的には納得感のあるものです。
上司に相談は不要?
「サイレント退職」
『職場の対話はなぜすれ違うのか』(小林祐児、光文社新書)
この「叱れない上司と叱られたくない若手」という組み合わせに、ダメ押しとしてコロナ禍による飲み会の減少とテレワークの普及が重なりました。2020年春から大手企業を中心に普及したテレワークは、職場で人と顔を合わせて話す機会を激減させました。コロナ禍が収まったあとも、会社での飲み会や懇親会などが減ったまま元には戻らない、という会社も多く見られます。会社の飲み会でのアルコール・ハラスメントにも注意しろと脅される世の中で、仕事帰りに上司から部下を飲みに誘うことはだいぶ勇気のいることになりました。
職場コミュニケーションの希薄化を象徴的に示すのは、近年の「退職代行」サービスの盛り上がりです。退職代行とは、従業員が雇用者に対して退職の意思を伝えるプロセスを代行するサービスですが、業者のプロモーション効果もあり、近年利用者が増えています。問題ないと思っていた若手が、急に「転職が決定しました」と告げてくる「サイレント退職」といった言葉もよく使われるようになりました。以前から突然の離職そのものはよくある現象ですが、先ほどまでのデータを見れば、離職意思を「面と向かって言う必要はない」「わざわざ話す必要はない」と考える人が増えてもおかしくはありません。







