大学教育費の無償化は
恵まれた層が恩恵を受ける
これまで説明したように、大学進学、特に「難関大学」へ進学する層は、大都市圏に暮らし、保護者の社会経済的地位が相対的に高く、進学校へ通っている(主に)男性――誤解を恐れずに言えば、社会的に「恵まれた」層――の傾向がある。仮に大学教育費無償化が実現されれば、「恵まれた」層が最も恩恵を受けることになる。「地方」から「難関大学」へ進学する人々も増えるかもしれないが、「地方」の中で相対的に「恵まれた」層が恩恵を受けることに変わりはない(*注8)。
『日本の分断』で指摘されているように、大学へ進学しなかった人たちは、高校卒業後、あるいは(教育費を払って)短大・専門学校卒業後に働きだし、すでに税金を納めている。彼/彼女らの税金が、「恵まれた」層の大学進学に投入されることになる。大学進学しなかった人たちの暮らしぶりが決して豊かでないにもかかわらず、そうした捻れた関係が生み出されることになる。このことについて、吉川徹は次のように厳しく指摘する。
『なぜ「地方女子」は呪縛になるのか』(寺町晋哉、集英社新書)
大学学費無償化論者は、かならずしも生活が楽ではない非大卒夫婦が、「うちの子は高卒就職しましたが、大学を出て社会を引っ張ってくれるよその若い子を応援しますよ!」と笑顔で申し出るとでも考えているのでしょうか。
(『日本の分断』240―241ページ)
そもそも、大学進学が高校卒業後すぐに限定されている日本社会で教育費無償化を目指しても、高校生以下の子どもがいる世帯以外には関係のない話であり、教育費無償化の共通理解を図ることも難しいかもしれない。仮に大学教育費へ向けて税金が投入されるのであれば、吉川徹が指摘するように、大学へ行かなかった人たちへ同額の税金が投入されるべきだろう。
*注8 「地方」に暮らす身からすると、大学教育費以上に「実家」を離れて暮らす生活費の工面の方が、県外進学を躊躇させる。いくばくかの躊躇があったとしても、県外進学に踏み切ることができる経済的基盤をもつ世帯は、「地方」の中では「恵まれた」層だろう。







