ようやく現れた出走馬らを紹介し
競馬初聴取者への意識を忘れない

 放送が始まってから、400字詰原稿用紙にして18枚強、約7400字にも及ぶ解説を終えても、「まだ下見所には、ちょっと遅れまして馬が出ないそうでございます」。そこで今度は、出走各馬の血統に話を移す。全馬についてひと通り語り終わると、ようやく馬が現れ、松内はパドックへと移動した。

「まず最初に下見所に現われて参りました馬は、ワカタカでございます。函館騎手を乗せたワカタカでございまして、それに続いてはクラツクミンテン、これは騎手は伊勢君であります」。こうして1頭ずつ、出走馬の血統、生産者、毛色、騎手、斤量などを紹介していった。実はここまでが『馬の世界・昭和7年5月号』の記事。あまりにも長すぎて、レース実況の部分まではたどり着かなかったのだ。

 続きは『同・6月号』。出走馬が本馬場へ入場すると、松内は馬場を見下ろす放送席へ戻る。そこで改めて各馬を紹介。さらに騎手の思惑や展開予想について語り、「この馬場の広さとしてはほとんど限度で、十九頭並んでスタートを切るのでありますから、一瞬の差で追い込むこともつらいであろうし、また初めトップを切ると、内枠にかかりますと、外の馬に包まれて“あがき”のつかないようなこともありますので、まことに言うに言われない一番の見もの、興味ある所で、まずこのへんの所をお聴きを願います」と優しく聴取者をリードした。何しろほとんどの人が、競馬実況なるものを初めて聴いている。その聴取者一人一人を意識した、真摯な語り口だ。

ダービー有力馬5頭の写真を載せた昭和7年4月22日付け『国民新聞』の記事。写真右列中段がワカタカ、同下段がオオツカヤマ同書より転載 拡大画像表示