次に松内は放送態勢の説明に入る。マイクは「メーンスタンドの上、農林省監督官席の一隅」と「下見所」、それに「賞品授与の場所」の3カ所に設置された。マイクは3本でも実況アナは1人だけ。3週間前にJOBK(大阪放送局)が鳴尾競馬・帝室御賞典競走を初中継した際も、複数のマイクの間を1人のアナウンサーが慌ただしく移動して実況した。それを報じる競馬雑誌の記事にはこう書かれていた。「アナウンサーは咽喉ばかりでなく、脚も強くなくてはならぬ」。

レース名にまつわる逸話をはじめ
懇切丁寧にダービーを語り尽くす

 以後、東京優駿大競走とダービーについての懇切丁寧な解説が続く。

「さて、これから挙行されます東京優駿大競走、これは競馬界に一大エポックを画すべき大競走でありまして、日本全国、南は九州から北は北海道の産馬地、これに一大センセーションを巻き起こしまして(中略)、この三分足らずの短い時間で終わる所の、このただ一つのレースを見んものと、日本全国からこの目黒競馬場に集る人の、そのおびただしい人数、そのすばらしい人気、この場内に渦巻く物恐ろしい興奮(中略)。このすばらしい日本最初の優駿大競走、人はこれを日本ダービーと呼んでおります」。だんだんと松内氏お得意の語り口になってきた。

 次に、イギリスから世界中に広まっていったダービーというレース名が、創設に関わった人たちのコイントスで決まった、という逸話を紹介。

「わずか投げた一つの金貨の、裏か表かが出ただけのことで、このダービーの名前が千古不朽のものとなったのは、まことに世知辛い世の中に、余りに皮肉なユーモアではないかと思います」とまとめる。

 六大学野球中継で名を馳せた松内ならではのくだりが以下の部分だ。「英国ではこのダービー競走の時期になりますと、競馬関係者はもちろん、いずれの社交界でも、話題はすべてこのダービーの評判で持ち切ります。そうしてちょうど我々が、春秋二期に行われる例の早慶戦に憧着を持ちまして、憧れと興奮と、そうして感激を持つように、またアメリカで野球がワールドシリーズとして、あの大きなセンセーシヨンをあのアメリカ全土に巻き起こすように、すべてダービーの時期には、英国の話題は全くダービーによって上下共に終始されるという話であります」。