その数日後には、厚労省が組織的に関与しているとの情報が流れ始め、元上司のAさんが家宅捜索を受けました。Aさんとは電話で、「何も記憶にないよね」と確認し合っていました。

 ところが、その直後、当のAさんが「石井議員(編集部注/国会議員の石井一)から証明書の発行を頼まれ、それを部下の村木に指示した」と検察に話していると報じられ、そのうちに、B係長が「村木課長に指示された」と話していると大きく報道されたのです。

 メディアの関心は私に集中し、厚労省には記者やカメラマンが押し寄せました。

マスコミから逃げ回るなか
大阪地検から呼び出される

 一連の記事について質問を浴びせられても、こちらはまったく事情がわからないので答えようがなく、「書いた記者に聞いて下さい」と言いたい気持ちです。

 彼らは立ち入り禁止区域にまで入り込み、私を待ち伏せしました。

 慌てて走って逃げましたが、心臓がバクバクして息もできず、手足がガタガタ震えました。記者たちに追いかけまわされて、自分の執務室にいることもできません。別の部屋に隠れて仕事をし、トイレに行くときはあたりを見回し、走ってトイレに駆け込むというありさまでした。

 マスコミの取材は家にも来ます。自宅に帰るに帰れず、ホテルに泊まったり、一人暮らしをしていた長女のアパートに泊まったりするようになりました。

 その頃の私は、雇用均等・児童家庭局長として、育児・介護休業法改正などに取り組んでいました。

 法案は衆議院で審議されていて、私が国会に出て行かないわけにはいきません。国会に行けば記者に取り囲まれ、議員からも事件について質問が出る。

「問題になっている局長の答弁は受けられない」と言う議員もいて、法案についての質問がすべて舛添要一大臣に行ってしまうこともあり、とても心苦しい思いをしました。

 他の職員は次々と検察に呼ばれているようなのに、私だけは呼ばれない。それでも報道では自分の名前が飛び交うという気味の悪い状態が続きます。