同調したくないときは
「無言・真顔」でいい
ですが、はっきり嫌だと伝えて空気を変えるのも怖いですよね。そういったときは「無言でいる」「真顔でいる」ことをおすすめします。
たとえば誰かの悪口や「いじり」や、誰かの容姿を評価するような場合、そういった場面で「NO」を表明できれば良いのですが、それにはとてもエネルギーが必要です。
同調はしたくない、だけれどはっきりNOと言うことも難しい、そういった集団のノリに対しては、「無言」と「笑わない」で十分です。「どう思う?」ときかれたら「んーよくわからない」「みんなはどう思う?」と自分から集団の関心を逸らすことも有効です。
それでもしつこく同調を求められたら、それはただ「合わない」を超えて、自分にとって有害な集団であるということです。そこに所属していること自体が自分を苦しくさせます。
「仲良くしなければ」という呪文は、私たちからひとりでいる時間を奪います。「ひとりぼっちはさびしい」という別の呪いを連れてくるからです。ひとりでいる時間は、「私は私」のバウンダリーを引き直すために必要不可欠です。
ですが私たちの暮らしから、ひとりの時間はどんどん少なくなっています。家に帰ってもLINEやインスタの通知がとまらず、常に誰かとつながってしまう。そのつながりから抜けると「ひとりぼっちになってしまう」という恐れが私たちを「つながり」に繋ぎ止めます。
バカ正直に気持ちを
言葉にしなくていい
ひとりになると、寂しさを感じることもあるでしょう。ですがその寂しさは、ひとりぼっちであることの寂しさでしょうか。つながりから外れたことで、置き去りにされてしまっているように感じる「不安」や「恐れ」ではないでしょうか。
そしてもしかしたら、「ひとりになりたい」と願いながら、不安や恐れから無理につながりを維持している人がたくさんいるかもしれません。誰も「ひとりになりたい」と言い出すことはできず、「普通に合わせなければ」とみんなで思い込んでいる可能性もありません。







