違っているだけなのに間違っていると感じてしまうのも、「みんな仲良く」と同様に、ある種の呪いのようなものです。違っていてはいけない、同じでなければいけない。私たちは幼いころから、特に学校でそのように教わります。ひとりの教師が大人数の子どもを相手にする学校では、生徒それぞれが違っていると扱いにくくなってしまうからです。考えや感じ方、体力、生活習慣、学習の進捗、それらが同じである方が、学校にとって都合が良いのです。

「私は」「あなたは」を
使って境界線を引き直す

 違いはただの違いにすぎません。チョコレートが好きでポテトチップスが嫌いな人と、ポテトチップスが好きでチョコレートが嫌いな人とでは、どちらが正しいか・間違っているかは言えないはずです。違っていることは間違いではなく、ただの「違い」です。

『自他の境界線を育てる 「私」を守るバウンダリー』書影自他の境界線を育てる 「私」を守るバウンダリー』(鴻巣麻里香 ちくまプリマー新書、筑摩書房)

 誰かと意見や価値観が違っていて、違っていることにそわそわして、自分が(もしくは相手が)間違っているという思考が自分の中に入ってきたら「違いは間違いじゃない」と自分に教えてあげましょう。そして違う意見や気持ちを相手に伝えるときは「私はこう思う」「私はこう感じる」「私はこれが好き」と、「私は」という主語をつけてみましょう。

 たとえば「チョコレートはポテチより美味しいよね!」という言い方だと、チョコの方が美味しいと決めつけ、ポテトチップスが好きな人の気持ちを否定しているように伝わってしまいます。「私はポテチよりもチョコレートが好き」と言えば、相手の意見は否定するニュアンスがとれ、ただ「私」の意見を伝えるに留まります。

 また、相手から違いを指摘されたときも、「あなたはそう思ったのね」と境界線を引き直すと良いでしょう。違いを「ただの違い」に留めておくこと、そして意見や気持ちの出どころを「私は」や「あなたは」という主語で明確にすることも、バウンダリーを引き直すために大切です。