そのたびに、私は選手たちにこう伝えてきました。
「メンタルは、性格ではなく、磨くことができるスキルなんだ」と。
結果を出す選手ほど
淡々とプレーしていた
2025年シーズン。極度の緊張感が張りつめたホークスの試合を、メンタルパフォーマンスコーチとしてベンチから見てきた中で、1つはっきり感じたことがあります。
大事な場面で結果を出している選手ほど、どこか淡々としているように見えるということです。
ただそれは、感情がないという意味ではありません。自分の内側に湧き上がる感情を、過剰にさわらず、そのまま受け入れているような印象です。
彼らにプレー中の頭の中のことを聞くと、「その瞬間は入り込めていましたね」「今は、少しズレていました」といった言葉が返ってきます。さすがに「注意を戻した」という表現は使いませんが、注意がどこにあったかについては、とても敏感でした(編集部注/筆者は、集中力は切れるもの。集中力が切れたときに、いかに取り戻せるかが大事だと説いている)。
言い換えれば、「注意がどこにあるか」に気づける感度を持っているということです。注意が向いている状態を自分の中で把握できているからこそ、「ズレたことをズレたまま」言葉にできているように感じました。
淡々として見える理由は、一流の人たちが注意のズレを避けようとしているからではありません。むしろ、重要な場面であればあるほど、未来や結果、評価が頭をよぎることを、最初から織り込んでいるように見えます。
だからこそ、注意が逸れたこと自体に過剰な意味づけをせず、「ダメだ」「崩れた」と、評価や対処の思考に深く入り込まないのでしょう。特別なのは、注意が逸れないことではありません。注意が逸れたことに気づくまでの時間が短いことなのかもしれません。
繰り返しになりますが、ここで生まれている違いは、能力や精神力の差ではありません。注意の動きを、どれだけ現実に即した形で捉えているか、その差です。







