「40階に来てください」

「検察からの電話は逮捕のとき」と聞いていた。親しい何人かに電話をして、別れを告げた。ライブドアが入っていた六本木ヒルズの森タワー40階では検察官が待っていて、僕はその後をついて行くしかなかった。

 人生で、このときほど事態が急展開した経験はない。「あれもやりたかった、これもやりたかった……」と、やらなかった後悔ばかりが頭の中を駆け巡った。

 皮肉な話だが、こんな体験が今でも僕を行動に駆り立ててくれているのだと思う。

藤田晋が振り返る
保釈後に見た堀江氏の変化

 2006年4月27日。堀江さんは約3カ月の拘留期間を経て、保釈されることになります。私(編集部注:サイバーエージェント会長・藤田晋氏)は友人のテイクアンドギヴ・ニーズの野尻佳孝社長(現会長)と2人で、自宅のテレビで堀江さんにまつわる報道を注視していました。

 優しい野尻さんの「電話してみよう」という提案で、堀江さんの携帯に連絡しました。その日は弁護士さんなどとの打ち合わせもあったらしく、翌日に会う約束をしました。私は「おかえり」という手紙を部屋に届けておきました。直球のメッセージだけというのも照れ臭かったので、シャレでアダルトDVDも添えました。

 翌日、六本木の「纏鮨」にお願いして、高級鮨をテイクアウトさせてもらいました。そして私の部屋に堀江さんを招き、2人で食べました。

 長期間の厳しい取り調べと独房生活のせいでしょう、再会直後の堀江さんからは、ラスベガスで賭けていたときのギラギラしたオーラはありませんでした。(編集部注:事件前、堀江氏はラスベガスで高額のチップを一気に賭けるなど、大胆な振る舞いを見せていた)

 しかし鮨を肴に、2人で久しぶりにお酒を飲むうちに、だんだんと元の饒舌な堀江さんに戻っていきました。彼の拘置所話がリアルで、私はぐいぐい引き込まれました。

「取り調べがある平日はまだしも、週末は独房で誰とも話せないから、つらい」

『心を鍛える』書影心を鍛える』(藤田晋、堀江貴文、KADOKAWA)

「差し入れがありがたかった。なかでも座布団と一輪の花が心に沁みた」

 もちろん、当時の「堀江さんバッシング」にはすさまじいものがありました。背景には、誤解や単なる嫉妬もあったでしょう。「堀江さんと関わると損をするよ」という人がいたことも事実です。

 でも私は、「堀江さんに対する態度は変えない」と心に決めていました。弊社の調子の良いときは寄ってきてくれた人たちが、ネットバブル崩壊後、一瞬で周りから去っていったことを覚えていたからです。

 この頃から、「経営者のライバル」ではなく、「気心の知れた友」として、堀江さんに接することができるようになった──。私は勝手にそう感じています。