彼女の次に黒人俳優が受賞するのは、その24年後。第36回の『野のユリ』(1963)で主演男優賞に輝いたシドニー・ポワチエでした。彼の次はさらに19年後、第55回の『愛と青春の旅だち』(1982)で助演男優賞に輝いたルイス・ゴセット・ジュニアまで待つことになるのです。つまりこの時点では、55年の歴史で黒人俳優の受賞者は、たったの3人しかいなかったのでした。
1988年に開催された第60回授賞式で作品賞のプレゼンターとして登壇したエディ・マーフィは、「映画界の奴らは黒人を求めていない(中略)もらえたとしても20年に1回だから次は2004年だ」と、今世紀中の受賞が無理であるとの皮肉の効いたジョークを飛ばしたほど、黒人俳優たちは冷遇されてきたのです。
変化の兆しが現れたのは1990年代前後になってから。第62回に『グローリー』(1989)で助演男優賞に輝いたデンゼル・ワシントンや、『ゴースト/ニューヨークの幻』(1990)で第63回の助演女優賞に輝いたウーピー・ゴールドバーグの受賞をきっかけに、相次いで黒人俳優が受賞したのです。
2002年開催のオスカーで
黒人俳優が快挙を遂げる
そういった流れの中で、2002年に開催された第74回アカデミー賞は映画の歴史に残る授賞式となりました。デンゼル・ワシントンが『トレーニング・デイ』(2001)の演技によって、シドニー・ポワチエ以来38年ぶりの主演男優賞に輝きました。それだけではありません、『チョコレート』(2001)ではハル・ベリーが、黒人俳優史上初の主演女優賞に輝き、黒人俳優が主演男優賞と女優賞を同時に受賞するという快挙を成し遂げたのです。
ハル・ベリーは受賞スピーチで謝辞を述べるだけでなく、アメリカ映画界における人種差別の歴史に触れながら、この受賞が自分だけのものではないことを強調。スピーチの制限時間が過ぎて退場を促す音楽が流れ始めると「私には(虐げられてきた黒人俳優たちの)74年分の時間を与えられるべき」とスピーチを続行しました。彼女は涙ながら黒人俳優の長い歴史に連なることを語り、会場のスタンディングオベーションを誘ったことは言うまでもありません。
この時、会場のオーケストラを指揮しながらも、彼女の言葉を聞いてタクトを止めたのは、授賞式の音楽監督を務め、アカデミー賞では54回も作曲賞の候補となり、5度受賞しているジョン・ウィリアムズだったことも付け加えておきます。







