ハイデイ日高創業者の神田正会長ハイデイ日高創業者の神田正会長 Photo by Teppei Hori

「ラーメン」という言葉には、ある種の魔力が宿っている。多くの店主が人生を捧げ、「究極の一杯」のために寝食を忘れ、スープと麺に「こだわり」を詰め込む。それはもはや、商売を超えた「道」や「芸術」に近いだろう。しかし、首都圏を中心に470店舗以上を展開するハイデイ日高の創業者である神田正会長の哲学は、一見すると謙虚、あるいは消極的にも聞こえる「10人中6人が美味しいと思ってくれればいい」というものだ。なぜ「10人中10人が美味しいという味」を目指さないのか。この「ラーメンの神様」らしくない異端のスタンスこそが、実は「中華そば420円」という圧倒的な低価格と、470店を超える巨大チェーンを支える、最も合理的で強靭な「経営戦略」そのものだった。(取材・構成/小倉健一)

ラーメン屋さんという商売が
非常に魅力的だった

 私は、正直に言いますと、ラーメンが大好きで、ラーメン屋になるのが夢だった、というわけではまったくないのです。

 私は中学を出てから15もの職を転々として、何をやっても長続きしませんでした。20代の頃は、ゴルフのレッスンプロをしてみたり、キャバレーのボーイをしたり、最後はパチンコで日銭を稼いだりするようななかなか自分の道を見つけられない人間でした。

 そんなとき、たまたま知り合いから「ラーメン屋で働かないか」と誘われた。それがキッカケです。だから、あれがもしお寿司屋さんだったら、私はお寿司屋さんをやっていたかもしれません。

 なぜラーメン屋さんという商売を「天職」にしようと決意したか。それは、ラーメン屋さんという商売が、私にとって非常に魅力的に見えたからです。

 一つは、「毎日現金が入ってくる」こと。これは貧乏暮らしだった私にとって、何よりの魅力でした。そしてもう一つは、自分に向いていると感じたこと。何軒かの店を渡り歩くうちに、ラーメンもチャーハンも作れるようになりました。

 私は「ラーメンが好き」というより、「ラーメン屋さんという商売」に惚れたのです。

「10人中6人が美味しいと
思ってくれればいい」の納得の理由

 この「ラーメンが好きでしょうがない」というスタートではなかったこと。これが、逆に良かったのだと、今になっては思います。

 もし私が、スープの味に異常にこだわるような「職人タイプ」だったら、今の日高屋は絶対にできていません。

 私は「ラーメン職人」ではなく、「ラーメン屋さんの経営者」になることを選びました。だからこそ、味に対しても、普通のお店とはまったく違う「ものさし」を持つようになったのです。

 それが、私がよく言う「10人中6人が美味しいと思ってくれればいい」という哲学です。これは謙遜なのか、それとも明確な戦略があるのかと聞かれます。

 謙虚?いやいや、これはもう、私の経営の「本丸」です。本気でそう思ってやっています。

 10人中10人じゃダメなのです。6人がいいのです。