神田は、最初はびっくりした。

 雇われ店長へのスカウトだったからだ。児玉は神田の作るラーメンが好きで、「神田君がラーメン屋をやれば、店は繁盛するだろう」と、勝手に思い込んでいた。

 ガードマン一筋でやってきたようには見えなかった。どちらにせよ、飲食店経営や接客サービスとは、あんまり縁がないタイプであった。

 神田はそんな児玉に少し違和感を覚えていたのか、すぐには結論を出さなかった。

「最初はあんまり乗り気ではなかったんです。今の店でもう少し修業して、いろいろ調理技術を身に付けたいと考えていたからです」(神田)

 それで神田は次に会った時、「まだ修行中で、特別に美味いラーメンや中華料理が作れるわけではありません。自信がないのでお断りしたい」と児玉に伝えた。

 けれども、児玉は簡単には諦めなかった。

「私もお金が有り余ってやるわけではなく、たまたま知り合いが岩槻名店街の2階にいい物件が出た。ラーメン屋でもやったら繁盛すると、強く勧められて店を持つことにしたんだ。私は借金して経営するつもりだ。神田君の作るラーメンは美味しい。神田君がやれば店は繁盛間違いなしだ。店長として、店をヒットさせて欲しい!」(児玉)

断るべきか引き受けるべきか
「ことぶき」店主の返答は?

 神田は「安定」を選ぶか、「挑戦」を選ぶかといえば、いつも挑戦を選んできた。だから雇われ店長に挑戦する気はあったのだが、児玉が借金をしてラーメン屋を経営することに、不安を覚えていた。

『日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』書影日高屋 10人中6人に美味しいといわれたい』(神田 正、日本実業出版社)

 児玉は「店が繁盛する」という前提で、「約束手形」(受取人である相手に対し、将来の一定期日に代金を支払うことを約束した有価証券。2026年度〈令和8年度〉末を目途に利用廃止を進められている)を発行して、資金繰りをしていた。

 神田は最終的に、「ことぶき」のオーナーに下駄を預けた。

「児玉さんが岩槻名店街にラーメン屋を出すので、店長をやって欲しいと頼まれました。どうしようか迷っています…」

 神田は「ことぶき」のオーナーが引き留めれば、児玉の申し出を断ろうと思ったが、オーナーは「行ってもいいよ!」と、慰留しなかった。これで神田は、児玉とのラーメン屋をやろうと決めた。

 結果的にこの時の決断こそが、神田の人生にとって大きな転機となり、オーナー店長・経営者への道が開かれたのだ。