物忘れが増えた気がする。そんなとき、多くの人が「脳を鍛えなければ」と考え、計算問題やパズルといった「脳トレ」に取り組んでいるのではないだろうか。実際、「脳トレをすれば脳が活性化する」というイメージは広く浸透している。しかし、その常識が必ずしも正しいとは限らない。元オックスフォード大の医学研究者であり、医学博士として脳と糖の関係を研究してきた下村健寿氏によれば、脳トレは脳全体の認知機能の改善や認知症予防には直結しない可能性があるという。下村氏の著書『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』から、脳トレの効果に関する意外な真実を紹介しよう。(構成/ダイヤモンド社・石井一穂)

脳トレは「認知症」の予防にはならない!? オックスフォード大の元研究者が明かす“意外な理由”Photo: Adobe Stock

脳トレは「認知症」の予防にはならない!?

 最近、物忘れが増えてきた。
 集中力が続かない気がする。

 そんな不安から、「脳トレ」を始める人も多い。

 計算問題やパズル。
 アプリや本を使ったトレーニング。

「脳にいい」と聞けば、やらない理由はない。

 実際、かつては「脳トレをすれば脳が活性化する」というメッセージが広まり、多くの人が取り組んできた。

 だが、その効果については、いまや見方が変わりつつある。

脳トレで得られるのは「攻略法」に過ぎない

 元オックスフォード大の医学研究者であり、医師としても活躍する「糖と脳」の専門家である下村健寿氏は、著書『糖毒脳』で、脳トレの効果について冷静に指摘している。

 この脳トレブームの直後から、世界中の脳科学者、研究者、医師といった多数の専門家たちから、その効果を疑問視する声が次々と上がりました。専門家たちが指摘したのは、脳トレを続けることで向上するゲームの「スコア」が、必ずしも脳全体の持つ認知機能の改善を反映していないのではないか、という点です。
――『糖毒脳』より引用

 実際、大規模な研究でも同様の結果が示されている。

 イギリス公共放送のBBCが1万人以上を対象として行った大規模研究では、参加者に6週間にわたって推論、記憶、計画性、視空間認知、注意などの脳トレ同様の認知課題を訓練させました。
 その結果、訓練した特定の認知課題においては、確かにパフォーマンスが向上することが確認されました。しかし、それとはまったく異なる、訓練していない課題に対しては、残念ながら改善が見られなかったのです。

――『糖毒脳』より引用

 つまり、脳トレで伸びているのは「脳そのもの」ではない。

 そのゲームに慣れて、上達しているだけ。

 いわば「攻略法」を覚えているに過ぎないのだ。

 それが、日常生活の思考力や判断力の改善に直結するわけではない。

 認知症の予防になるかというと、話は別なのである。

楽しいなら、やって損はない?

 ただ、完全に無効というわけでもなさそうだ。

 バージニア大学で加齢と認知機能に関して専門的に研究をしているティモシー・サルソウス博士は「やって楽しいならやればいいんじゃないだろうか。別に有害という報告はないし」と語っています。
――『糖毒脳』より引用

 脳トレが、一般的な認知機能の向上や、他の領域での認知能力の全体的な改善に直接つながるわけではない、というのが現在の専門家の共通認識である。

 それは、脳トレは脳の「一部の能力」しか使っていないから。

 つまり……脳トレは無理をしてまでやる価値は、残念ながらなさそうだ。

(本稿は、『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』の内容を引用して作成した記事です)

下村健寿(しもむら・けんじゅ)
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。