そもそも言葉には、人やモノゴトを規定してしまう恐ろしい力があります。そんな風に決まった言葉で相手の人柄・存在すべてをくくってしまうと、その人のまだ見えていない「いいところ」が、途端に見えなくなってしまう。

 だからこそ、ときどき、無意識に貼っているレッテルを「いったん否定してみる」ことが大切だと思います。

 ちなみに、否定するとは、拒絶することではありません。むしろ、「自分の思い込みから自由になること」です。

「父親だから」「母親だから」「上司だから」「親友だから」…そういったレッテルに縛られて、相手をちゃんと見ることができなくなることもあります。だから、そのレッテルをいったん否定してみます。

「彼女は母親じゃない。50歳を過ぎて自分の人生を楽しもうと一歩を踏み出したひとりの女性だ」
「この人は上司じゃない。長い間、大きな責任を背負ってずっと我慢してきたひとりの男性だ」

 このように、否定とは、レッテルの外にある相手の可能性を取り戻すための、小さな問いかけでもあるのです。

 そしてそれをあらためて言語化し直すことで、相手に対する見かたや接しかたも自然と変わってくるはずです。

 また、人だけでなく、あらゆるネガティブに捉えられがちな事柄を否定して言語化するのも重要です。

ありきたりの言葉でも、
言語化はうまくいく

 たとえば、職場のチーム会議でいつも意見がまとまらなかったとします。それをあえて、「意見がまとまらないのは、別に悪いことじゃない」と否定の言語化をしてみます。

 続けて、「意見がまとまらないのは、それぞれの個性が強いから」→「個性が強いのは、別に悪いことじゃない。それぞれの個性をいかせば、すごいプロジェクトが生まれるのでは?」といったポジティブな展開を発想していきます。

 こうした作業は一見言語化とあまり繋がらないように思われますが、この思考の過程であなたの心の中では必ず「言葉を紡ぐ」作業が行われていて、まちがいなく、言語化の力が強化されていきます。

 また、上記のように、そこで使われる言葉はすべてごくありきたりな言葉、普段よく使っている言葉ばかりです。

 ありきたりの言葉でも、言語化はうまくいく。重要なのは、語彙ではなく、どこにどう視点を置くか、なのです。