証拠隠滅せず放置していた
“重要な物証”への疑問

 さらに物証にも疑問があった。林家の台所から見つかったプラスチック容器について、カレーに混入していたのと同一のヒ素が付着していたかのように認定されているのだが、この容器の発見経緯があまりに不自然なのだ。

 というのも、和歌山県警は林夫婦を逮捕した日から林家の家宅捜索を行い、台所の流し台の下のシンクからこの容器を見つけたとされている。

 しかし、林夫婦が逮捕されるまでは事件発生から2カ月余りもあったのだ。この容器が本当に眞須美のものなら、そんな重要な物証を2カ月余りも証拠隠滅せず、家に置いておくだろうか。

 しかも、この容器は側面に「白アリ薬剤」というヒ素を意味する言葉が書かれており、これでは眞須美が「自分が犯人です」と言っているようなものだ。

 実際、眞須美も健治も子供たちもこの容器について「一度も見たことがない」と言っており、この容器から家族の指紋は一切検出されていない。健治はこう言っている。

「私は、カレーに入っていた毒物がヒ素だと報道された時、保険金詐欺をするのに使っていたヒ素は全部処分しています。あんな容器が台所から見つかるはずはありません」

 このように眞須美の裁判には様々な問題があったが、最高裁第三小法廷は2009年4月21日、眞須美の上告を棄却した。こうして事実上、眞須美の死刑は確定した。

 だが、ここから眞須美の粘り腰は凄かった。弁護人が最高裁に判決の訂正申し立てを行い、死刑確定を先延ばしにした間、有名無名の様々な人と面会し無実を訴えまくったのだ。

 死刑が確定したら、親族や弁護人以外との面会はほとんど許されなくなるので、そうなる前に自分が無実だと少しでも多くの人に訴えておこうとしたわけだ。

 そして5月1日、私自身も眞須美の死刑確定前に最後の面会をした。この際は、捜査段階にカレー事件を取材していた創出版の社長・篠田博之とMBSの記者・三澤肇が同行した。