社喰い#14Photo by Yasuo Katatae

常識では考えられないことが起き得るのが魑魅魍魎が跋扈するM&Aの世界だ。東京都足立区で40年以上続く向笠建設(仮名)は、M&A仲介会社を通じてルシアンホールディングスに会社を売却した。ところが、約2億円にのぼる連帯保証は元社長が背負わされ、会社資金が次々と流出た。新刊『社喰い』(著・片田江康男、ダイヤモンド社刊)から、事業承継M&Aの裏側で起きた壮絶な実話を抜粋してお届けする。(ダイヤモンド編集部副編集長 片田江康男)

M&Aで会社を売ったのに……
元社長に残った約2億円の連帯保証

 東京都足立区で40年以上にわたり土木工事を専門としてきた向笠建設(仮名。本書では実名)。社長の向笠氏は、人手不足をきっかけに2022年ごろから大手企業の傘下入りを検討し、20年以上メインバンクとして頼りにしてきた城北信用金庫に相談した。

 そこで紹介されたM&A仲介会社・ジャパンM&Aソリューションを通じて出会ったのが、ルシアンホールディングス(HD)だった。向笠社長は2023年1月、同社に株式を譲渡。

 買収後ルシアンHDに指示されたのは向笠建設の資金をルシアンHDへ送金することだった。

 今思えばおかしな状況だが、ルシアンHDはメインバンクから紹介された相手だ。しかもメインバンクは、大手の傘下に入るという向笠社長の希望を汲み、実現へサポートしてくれている。

 そんな事情を差し置いて今さらルシアンHDと決別し、過去の不安定な状況に戻ることは、メインバンクに対する背信でもあり、考えられなかったという。

 向笠社長は、当時を振り返ってこう話す。

「おかしいと思ったのは、連帯保証について話した時でした。当時、私は約2億円の連帯保証を負っていました。株式譲渡契約では、私の連帯保証は外す約束でした。ところが2023年3月になっても、保証は外れていなかったんです。だから、(ルシアンHD取締役に)約束通り連帯保証を早く外してくれと言っていたのですが、『全額返せば、全部無くなっちゃうでしょ』と言ってきました。3月に(会社の借金を)全額返済するから、保証も何もないでしょという言い方でした」

 中小企業では、運転資金や設備投資資金などの資金を金融機関から借り入れる際、ほとんどの場合で連帯保証を求められる。連帯保証を負った者は、借り手である会社が借入金を返せなくなった場合、代わりに借金を返さなければならない。

 中小企業の現場では、連帯保証は代表取締役である社長個人が負うことが多く、これを「経営者保証」とも呼ぶ。

 そのため社長やその家族は、会社の事業が傾いた場合、借金返済のために個人の預金の他、場合によっては自宅や車などを売却して、返済に充てざるを得ない事態にもなりうる。いつ何時身ぐるみを剥がされるか分からないという不安を、常に抱えることになるのだ。