住人が互いの顔を知っていれば、見慣れない人物の出入りには自然と気づきます。エントランスで交わす短い挨拶や、子ども同士のささやかな付き合いは、防犯にも、子育ての安心にも直結します。
プライバシーと安全を何よりも重んじる超富裕層にとって、「誰がそこに暮らしているか分かっている」という状態は、それだけで大きな価値を持つのです。
こうした信頼と秩序の蓄積は、お金を積んでも1日では買えません。
新築マンションがどれほど豪華な設備を備えていても、唯一手に入れられないのが、この「時間をかけて醸成された住環境の質」です。超富裕層は、自らの資産をもってしても買えないものがあることを、誰よりもよく知っています。
タワマンの匿名性が抱える
「構造的な弱さ」とは?
その対極にあると超富裕層が見ているのが、新築のタワーマンションです。
誤解のないように申し上げると、彼らはタワマンそのものを否定しているわけではありません。利便性や眺望、防災・セキュリティの設備は高く評価していますし、仕事用の拠点や賃貸運用の対象としてタワマンを保有する方も少なくありません。
しかし、「自分や家族が長く暮らす本拠地」となると、話は変わってきます。超富裕層が自宅に求めるのは、目新しさではなく、年月を経ても揺らがない安心感だからです。
新築のタワマンは、入居開始の時点で数百戸が一斉に生活を始めます。住人同士に共有された歴史はなく、実需の家族、投資目的の所有者、数年で住み替えていく層が混在しています。エレベーターで顔を合わせても、互いに誰なのか分からない――この「匿名性」は気楽さの裏返しでもありますが、コミュニティー資本という観点では、ゼロからのスタートを意味します。
とりわけ近年の都心の新築タワーマンションでは、こうした傾向が一段と強まっています。購入された住戸の多くが投資目的であり、所有者本人はそこに暮らしていない、あるいは住んでいたとしても賃貸として貸し出されている、というケースが珍しくありません。







