中村天風や合気道から学んだ思想を指導に活かしてきた広岡達朗氏ひろおか・たつろう――1932年、広島県呉市生まれ。早稲田大学教育学部卒業。1954年に読売ジャイアンツへ入団し、1年目から遊撃手として112試合に出場。打率.314、15本塁打を記録し、新人王と遊撃手部門のベストナインに選ばれた。現役引退後は広島、ヤクルトでコーチを務め、監督としてヤクルトと西武を日本一に導く。セ・パ両リーグで日本一を達成した指導者として知られる。近著に『93歳まで錆びない生き方』(幻冬舎)、『最後の名将論』(SBクリエイティブ)などがある。  Photo:JIJI

広岡達朗氏の指導の根底には、中村天風や合気道から学んだ思想がある。力むほど力は出ない。やるべきことを、余計な欲を捨ててやる。その教えは、野球だけでなく仕事にも通じる。(ダイヤモンド・ライフ編集部)

前回記事《長嶋茂雄のサイン無視、川上哲治への反発…名将・広岡達朗が見た「勝負師たち」の光と影》はこちらからご覧ください。

――広岡さんは中村天風先生などからも直接教えを受けています。

 昔、中村天風先生に「球が打てないんですが、どうしたら打てますか」と聞いた人がいた。天風先生は「球が来て、ストライクなら打つだろう」と言った。

 要するに、来た球を打てばいい。ところが人間は、もう少しうまく打とう、もっと遠くへ飛ばそうと欲張る。すると力む。力むから、本来できることまでできなくなる。

 野球でも人生でも同じです。やるべきことは、実は単純です。余計なことを考えすぎて、自分で難しくしているのです。

――合気道の教えも、野球やご自身のマネジメントに取り入れられていたそうですね。

 合気道では、力を抜いた方が本当の力が出ると教わりました。力を入れて押すより、力を抜いて押した方が強い。これは体験しないと分からない。

「臍下の一点」という心身統一合氣道の考え方があります。臍下の一点とは、心を静めることで心身ともに動じなくなる下腹部にある場所を指します。これは野球の打撃でも守備でも、心の持ち方にも通じるものです。

 アメリカでMLBのファームで責任者を務める人物に会ったときも、力を抜く実演を披露したことがあります。年寄りだと思って押してくるのに、こちらが動かない。すると相手は驚く。説明だけではなく、実際にやって見せることが大事です。

――「やるべきこと」や真理を説く厳しい指導に対して、選手から反発されたり、嫌われたりすることは怖くなかったのでしょうか。