素を見せるのは信頼、ただし越えてはいけない線もある

 パートナーの前でだらしなく見える人は、相手を軽く見ているとは限りません。むしろ、パートナーの前だからこそ力を抜いている可能性があります。外では決して見せない姿を見せられるということは、そこが安心できる場所だということでもあります。

 もちろん、受け止める側としては複雑な気持ちになることもあるでしょう。

 外ではあんなに丁寧なのに、自分にはそっけない。外ではあんなに笑顔なのに、家では不機嫌そうにしている。外では完璧なのに、家では何もしない。そう感じると、「自分だけ雑に扱われているのではないか」と思ってしまうかもしれません。

その感覚も、決して間違いではありません。

 家で力を抜くことは大切です。しかし、家族に不機嫌をぶつけてよいという意味ではありません。パートナーを感情のゴミ箱にしてよいわけでもありません。外で頑張ってきた人に休む権利があるように、一緒に暮らす相手にも休む権利があります。

 ここを混同してはいけません。

 家ではオフになってよい。けれども、相手を傷つける言い方をしてよいわけではない。だらっと過ごしてよい。けれども、家事や育児を一方的に相手へ押しつけてよいわけではない。甘えてよい。けれども、相手の余裕を無視してよいわけではない。

 大切なのは、夫婦やパートナー同士で「どこまでなら許せるか」を話し合っておくことです。

 たとえば、家に帰ってから30分はひとりで休みたい。休日の午前中は何も考えずにだらっとしたい。外で気を張っているぶん、家では部屋着で過ごしたい。そういう希望は、きちんと伝えれば相手も理解しやすくなります。

 一方で、受け止める側も「不機嫌な口調で話されるとつらい」「何も言わずに察してほしいと言われると困る」「家で休むのはいいが、最低限の分担は相談したい」と伝えてよいのです。

 夫婦やパートナー関係に必要なのは、外で見せている完璧な姿を家庭の中でも求め続けることではありません。かといって、家庭だから何をしてもよいと考えることでもありません。

 外で頑張っている人には、オフになる場所が必要です。そして、そのオフの姿を受け止める側にも、安心して過ごせる家庭が必要です。

 つまり、家の中で別人のようになる心理には、外で演じ続けた反動があります。世間様の前で“完璧な夫”や“完璧な妻”を演じているからこそ、家では素の自分に戻りたくなるのです。

 それは、必ずしも甘えや怠慢ではありません。心を回復させるための自然な反応でもあります。

 ただし、関係を長く保つには、その“別人ぶり”を相手に押しつけすぎないことも大切です。家では力を抜いていい。けれども、相手への敬意までは手放さない。そのバランスが必要です。

 夫も妻も、パートナーも、外ではそれぞれ役割を演じています。だからこそ、家庭では互いに少しぐらい力を抜ける場所でありたいものです。

 外では完璧に振る舞う人が、家の中では別人になる。そこには、外で頑張る人が自分を取り戻そうとする心理があります。

 それをただ「だらしない」と責めるのではなく、「外でそれだけ気を張っているのだ」と理解してみる。とはいえ、家庭の中で一方だけが我慢しないように、休み方のルールは夫婦やパートナー同士で決めておく。

 それが、外の顔と家の顔のギャップに振り回されず、ふたりがうまくやっていくための現実的な方法なのです。

【参考文献】
Grandey, A. A., Fisk, G. M., & Steiner, D. D. (2005). Must “Service with a smile” be stressful? The moderating role of personal control for American and French employees. Journal of Applied Psychology, 90, 893-904.
Rafaeli, A., & Sutton, R. I. (1987). Expression of emotion as part of the work role. Academy of Management Review, 12, 23-37.
【著者の人気記事を読む】頭のいい人は絶対に使わない「残念な日本語」、評価を下げる「5つのNGフレーズ」