「組織アルゴリズム」が導くAI時代の組織設計

 AIの現状を概説した後、金氏は「AI時代の組織設計」にテーマを移した。

 以前からさまざまな社会シミュレーションが行われてきたが、生成AIを活用してこれを高度化する動きが出ている。その象徴的な例が、2023年に発表された「Generative Agents: Interactive Simulacra of Human Behavior」という研究だ。人格を持たせた複数のAIエージェントを仮想空間に投入したところ、AI同士が会話をしてコミュニティを形成したと報告されたという。

 では、LLM(大規模言語モデル)による組織シミュレーションを使って、たとえば日本企業の課題とされるイノベーション不全は解決できるのだろうか。

 金氏はまず「年功序列と終身雇用によって減点方式の評価制度が生まれ、これが社員の挑戦を抑制し、変革を阻害している」という仮説を提示する。

 これに対し、イノベーションを起こすアメリカのテック企業には「失敗を許容し、実験的な取り組みを後押しする文化が根付いており、知の探索がたえず行われています」と、日本企業との組織文化の違いを明らかにした。

 ならば、日本企業もそうしたカルチャーへの転換を図れば、イノベーションは加速するのか。金氏はここで鉄道や航空といった交通インフラ企業を例に取り、「安定的な経営、安定したサービスの提供を求められる企業では、経営基盤を守るために事故や故障の最小化を目的関数とした『知の深化』が行われ、そうしたインシデントを抑制するような人事制度が導入されています」とし、テック企業型のカルチャーが「唯一の正解」ではないことを示した。

 制度やカルチャーの違いは、企業の目的によって生じる。いまでは時代にそぐわなくなった年功序列や終身雇用も、当初は企業の目的を達成するうえで合理的と判断されて導入された経緯がある。

 こうした企業の振る舞いの違いを、金氏はエンジニアリングの視点から「組織アルゴリズム」という概念で説明する。「目的に沿った人事制度などのルールが構成員の行動を方向付け、組織の振る舞いや結果を決定する」ととらえる考え方だ。組織アルゴリズムの観点から、組織階層や人事制度、個人のペルソナなどを変数とした組織シミュレーションによって、仮説生成や制度設計の思考実験を行うことができる。「論文ベースでの研究も進んでいますが、実データによるキャリブレーションと小規模な実地検証も必要です」と語った。